女王と会議
本日2話目の更新です
執務室にてギルバードと話した翌々日、私は多くの高官に囲まれて座っていた。
場所は、職務区域の某会議室。
高官室内の調度品は豪奢で荘厳なものばかりだ。
国政の最高責任者は、勿論、王。
そしてその下に、外務省・財務省・法務省・健務省・軍務省・総務省の六つの省が存在している。
外務省は、他国との外交を一手に担う省。
財務省は、予算・決算・会計・租税を司る省。
法務省は、法制度の整備と維持を司る省。健務省は、国民の医療と健康を司る省。
軍務省は、国軍と魔法師団を管理する省。
総務省は、他の五つの省の仕事以外の業務を一手に引き受けている省だ。
室内にいる高官とは、そんな各省長とその補佐。
百戦錬磨の強者どもが集まった部屋の雰囲気は、非常に重い。
「さて……刻限となった故、そろそろ始めるぞ。本日の議題は『組織の構造改革』」
「組織の構造改革、ですか? その必要は、あるのでしょうか。今だとて、十分機能しているかと思いますが」
早速、財務省長から疑問の声があがった。
「……そもそも、『組織』とは何か」
1人1人に視線を合わせつつ、問いかけるように言葉を紡いだ。
「余の考える国政を担う『組織』とは、究極的には『この国の将来の姿』が反映されたもの。つまり、未来の国の姿をどう描くのか……それが組織の根底にある。翻って、余は現状の国政に満足をしていない。同時に、組織の構造にも不満を覚えている。以上から、第一段階として先を見据えた組織の構造改革に着手。そして、第二段階として、新たな国策の検討。……簡単だが、大まかな説明は以上だ。ここまでで、何か質問は?」
「新たに王位を継いで早急に実績が欲しいと、少々勇み足になっているのではないですか? 先程財務省長からもありましたが、国政は十分機能しています。改革を強行した結果、組織を無駄に混乱させる危険性をよくご認識下さい」
総務省長の痛烈な言葉に、場の一部がざわりと騒ぎ出す。
確か……総務省長の名前は、ネイトだったか?
戴冠式の一幕を知る軍務省長は、ネイトの言葉に反応して不安げに私を伺い見ていた。
「良い」
そんな彼らの不安を和らげるように、一声かける。
彼ら以外の面々は、その過剰とも言えるような彼らの反応に一様に首を傾げていた。
「……十分、機能していると?」
「ええ。貴女様が王位に就く遥か昔より、この国の政は今の体制で回ってきたのですよ」
「ふむ……総務省長よ。ならば農作物の収穫量の報告がここ十年ほど上がっていない理由を述べよ。あれは確か、財務省長と総務省長の共同の管轄であったな?」
私の命令に、一瞬、総務省長は明らかに動揺を見せていた。
「……。真偽のほどは確認せねば分かりませんが、あれは財務省が各領地の年毎の収支報告書に使われるものですから……」
「なっ! ……確かに各領地の収支報告は、農作物の収穫量のデータも反映します。ですが、あくまで我々が必要とするのは『量』という数値のみ」
報告書が提出されていないのは、財務省の責任である……そう聞き取れる総務省長の言葉を遮るように、慌てた様子で財務省長が言葉を紡いだ。
「ほう……ならば、各領地から上がってきた報告を取りまとめ、収穫量の推移から国内の備蓄を把握し、かつ不作であると判断される場合には何らかの対策を講じるのは、総務省の職務ということか?」
私の問いかけに、財務省長は肯定も否定もしない。
そして、総務省長も無言を貫く。
「余の理解は、間違っているのか?……いずれにせよ報告が上がっていない以上、其方たちがどのように職務を遂行しているか、どの程度遂行しているのか、余には分からぬ」
「今一度精査してみなければ、私の口からは何とも……」
その場しのぎのような総務省長の言葉に、私は心の内で溜息を吐く。
……そもそも彼の回答に、期待はしていなかった。
この会議の前に、『もしかしたら報告書が上がっていないだけで、作業自体は途中までやっているのかもしれない』と、他方面から確認させたのだけれども……結果、『作業自体、全くできていない』ということだけが分かったのだから。
仮にその状況を把握していたとしても、この場で財務長がそんな回答をできないだろう。
「この場で何の釈明もできぬということは、其方が全くこの件について把握していないということ。それはつまり、全く業務が遂行できていないことと同義。……では、財務省長よ。其方は先程『収穫量の数値のみが必要』と言っていたが……その数値の正確性は確認していたのか? まさか、総務省に渡された数値を疑うことなく使用していたのか?」
「そ、それは確認してみなければ……何とも。ですが他省とは言え、同じ国政を担う者からの情報を疑うことは」
「ふふふ……今迄の話を聞いて尚、そのようなことが何故言える? 恐らく、総務省は何ら数字の確かさを検証していない。……そもそも『量』という数値を業務で必要とするのであれば、その数値の確かさを自らの省でも確認すべきと思うが?」
残念なことに、各領地……つまり、五大侯爵家からの報告書は全く信頼できない。
数値を弄って、過少申告している可能性が否定できない。
「……さて、総務省長よ。其方は確か、先ほどの余の『十分に機能しているか』という問いかけに、肯定したな?」
「い、いえ……! それはその、あくまでそう推測しただけで……」
「そうか。ならば、各省の担当業務と担当者の権限を明確化させようと余は考えているが、其方はどう思う?」
「……と、とても素晴らしいと思います」
「それが、陛下が仰っていた『第一段階』であり、『組織の構造改革』なのですか?」
総務省長が肯定した後、法務省長から問いかけられた。
「然り。今、各省がどのような業務を担っているかを記載させた資料が手元にあろう? まず、記載内容に不足がないか確認をし、その上で、重複したものについてはどの省が最終的な責任を持つかを明確にせよ。例えば先程の収穫量の報告であれば、各領地からの報告の取りまとめ及び正確性の検証は財務省、備蓄の把握と凶作の際の対策は総務省と業務を細分化した上で責任者を明確化することも一案であろうな」
「細分化した上で、責任者を明確化にする方が良いでしょう。また権限の責任者ですが……一旦我が省に預けて貰えないでしょうか? 省毎に各担当者の権限が異なることについて整備が必要だろうと、検討を始めていましたので」
この組織が数人だけしかいないのであれば、権限について厳格な管理は不要だ。
人が少ない故に、誰がどのような判断を下しているのかがすぐ目に見えるから。
でも、何十人・何百人といる組織は違う。
人がいればいるほど、誰が何をどのようにして判断しているのかが見えないし、また、上の意見が下に正確に伝わり難くなる。
それ故に、誰がどこまで判断することができるのかという指針は必要であり、また、指揮系統を整備することが必要なのだ。
「ならば、法務省。権限の明確化については其方に任せよう」
「承知しました」
「担当業務の明確化は来週末迄に完了させ、余に報告せよ。良いな?」
私の確認に、全員が一斉に頭を下げた。
それを見届け、私は会議室を出て行ったのだった。