女王と参謀
本日2話目の更新です
翌朝、私は朝早くから表宮にいた。
王専用の執務室に陣取り、書類の確認をしている。
「聞きましたよ、昨日の武勇伝を」
「昨日の騒動をそんな風に茶化すのは、ギルバードが初めてだ」
「ふふふ、直接見ていないですからね。それに、ある程度は『予想ができていました』から」
「ああ……それも、そうか。其方の手には、幾つものヒントがあったのだから」
「否定はしませんよ」
「……それで? 城内の様子は?」
「思ったよりも、混乱は少ないですよ。昨日の出来事を受けて、官僚の大部分は休みを取るかと思っていましたが……予想以上に、官僚たちもちゃんと出勤していますし」
「そうか。つまり、通常の業務には支障をきたさないということか?」
「ええ、そうです」
「ふむ……そうか。引き続き、官僚たちの動向に注視せよ」
「畏まりました。……ああ、それと」
「何か?」
「後で他から報告を受けるでしょうが、念の為……私が見た貴族たちの様子を報告します。有り体に言えば、大混乱です。式典に出ていた方は、さっさと王都から領地に帰ろうと準備を急いでいました。……尤も、式典に出ていなかった方は人伝に聞いた昨日の出来事を信じず、変わらずルクセリア様を軽んじているようですが」
「ふふふ……予想通り、か。そのまま足並みが揃わず、自滅してくれたら楽なのだが」
「そんな、生易しい相手ではないでしょう。特に、貴女様にとって最大の障害である五大侯爵については。……ああ、もう四大侯爵家ですね」
ギルバードは、そう言って笑った。
楽しむように、私を試すかのように。
「……それも、そうか。まあ、でも……余を軽んじる者がまだいることは、重畳か。その分、余は楽することができる」
私もまた、溜息を吐きつつ笑って返す。
「それはそうでしょうね。相手が油断するほど、此方は相手の行動が予測し易いですから」
ちょうどそのタイミングで、扉からノック音がした。
「失礼致します。ラダフォード侯爵領派遣隊より、早馬で報告がございます!」
入って来た男は軍服を身に纏い、見事な敬礼をしている。
「聞こう。……ラダフォード侯爵家の関係者の捕縛は?」
「無事、指示のあった面々は全員捕縛が完了したとのことです。今のところ暴動もなく、さして領内で大きな混乱は見られないとのことです」
「そうか。……引き続き、残党による暴動が発生する可能性を考慮し、警戒にあたれ。それから、隊に同伴していた官僚……ノーマンから、何か報告は?」
「特段、ございません。一言、『無事、着』という言伝のみ預かっているとのこと」
「そうか。ご苦労」
「はっ! 失礼致します」
彼はキビキビとした動きで、執務室から出て行った。
そうして彼の姿が完全に見えなくなってから、ギルバードが口を開く。
「……これで、第一段階はクリアーですね」
「ああ、その通りだ。事件関係者の捕縛、それから軍の派遣、そして余の陣営側の官僚の派遣。昨日中にその全てが完了して、何よりだ」
予定通り……否、それ以上だ。
関係者の捕縛はもっと時間がかかると思っていただけに、内心安堵していた。
「あとは、ノーマンがラダフォード侯爵領の領政をどれだけ早く掌握するかですね」
「うむ……その通りだ。彼奴のもとで最低限、領政が機能し続けるようになって貰わなければ、困る。とは言え、既に事前の議論は尽くした。あとは、彼奴の実行力にかかっているということだろう」
ラダフォード侯爵領の領官の中に、私の協力者たちがいる。
トミーを通して、手紙で既に何度も協力者たちと議論を重ねていた。
その中には、王政と同様に『領政の機能を保つ為に、最低限保持しなければならない業務と人員』の特定もしている。
その上で、私は彼らと議論をしてきたのだ。
つまりノーマンはある程度事前情報を持ってラダフォード侯爵領に赴いているということ。
「……と言うわけで、私もできることをせねばならぬな。私を信じてラダフォード侯爵家に向かったノーマンと、ラダフォード侯爵領の協力者たちの信頼に応える為にも」
「そうですね。差し当たっては、第二段階の成功率を高めるべく、こちら側も準備しましょうか」
「うむ、そうだな。差し当たっては、各省長への『別の省で重複した業務』の特定を命じることだな。……して、会議の準備は?」
「勿論、準備は完了していますよ。……最終確認の為に、明日お時間を頂戴しても?」
「無論」
「承知致しました。では、私は準備がございますので、これで失礼致します」
「うむ」
ギルバードが去ったところで、私は手元にある資料の確認を再開する。
……後で、分からないところは皆に聞くとするか。
「失礼します、ルクセリア様」
扉からノック音がしたかと思えば、アリシアが入って来た。
「……あら、アリシア。どうしたの?」
「そろそろ休憩されるかと思いまして、甘味をお持ち致しました」
「まあ! アリシアの甘味! 嬉しいわ、ちょうど疲れて甘味が欲しいと思っていたところなの」
「それは良かったです。本日の甘味は、じゃじゃーん! チーズで作ったケーキです!」
「まあ……まあ! 私、チーズのケーキは大好きだわ。流石、アリシア。私の好みをよく理解してくれているわね」
書類を一旦脇に置いて、アリシアのケーキに集中する。
クリームチーズで作られたケーキを口に入れた瞬間、濃厚な甘みが口いっぱいに広がった。
添えられたベリーの酸味が良いアクセントになっている。
「んー!! 美味しい!」
思わず叫んだ後、一心不乱に食べた。
……少し、否、かなり行儀が悪いが仕方ない。
やっぱり疲れた時の甘いものは、正義。
それが、私の好みを熟知したアリシアが作ったものなら尚更。
結局、すぐに目の前のケーキはなくなってしまった。
「……おかわりもございますが、いかがいたしますか?」
「勿論、いただくわ」
今日は全く動いていないから、食べたら太るだろうな……と一瞬思ったものの、迷いはない。
結局、私はアリシアが準備してくれたケーキを全て食べ切ってから、再び業務に戻ったのだった。