侍女と同僚
ルクセリア様が退出したことで、参列者の緊張の糸が切れたようだった。
けれども、場に漂う重い雰囲気は変わらない。
ある女性は座り込み、ある男性は不安げに視線を彷徨わせている。
私は参列者のそんな様子を横目で見つつ、ルクセリア様の後を追うようにその場から離れて行った。
先ほどまでの騒動が嘘のように、城内は静まり返っていた。
「アリシア!」
「フリージア」
会場からかなり離れたところで、フリージアに呼び止められる。
「……どうしたの? フリージアが大きな声を出すなんて、珍しいね」
「そ、そうかしら? そんなことより、その……これから、どこに行くの?」
そう問いかけたフリージアは、不安げに視線を彷徨わせていた。
「どこって……勿論、ルクセリア様のところよ。お召し物を替えるお手伝いに、早く伺わないと」
「やっぱり……」
「一体、どうしたの? ……あっ! 私、今日何かの当番だっけ?」
「そうじゃないわよ! ……ねえ、アリシア。貴女、大丈夫なの?」
フリージアが、ガシリと私の肩を掴んだ。
彼女の勢いに、目を白黒させて掴まれたところを見る。
「え、ええ。見ての通り、元気だけど?」
「そういうことを聞いているんじゃないの! ……ねえ、アリシア。その……貴女、ルクセリア様が怖くないの?」
思ってもみなかった質問に、何と答えて良いかと困って傾げた。
「怖い?」
「そうよ。あんな、強大な魔力と宝剣の力……。私はあの騒動の間、ずっと鳥肌がおさまらなかった。……『いつか自分にその力が降りかかるかもしれない』って考えたら、貴女だって怖くならない?」
「うーん。そんなこと、考えたことがなかったからなあ」
「逆にフリージアは、何でそんなことを考えるの?」
「何でって……」
「もし……ルクセリア様に魔力を向けられるのなら、それはそうされるだけの理由があるってことだと思う。今回の件だって、ラダフォード侯爵家が反逆を企てたことが、そもそもの原因。むしろ、ルクセリア様は王としては至極当然のことをしたと思うけど?」
「それは……そうだけど……」
「ルクセリア様は、お優しい方だよ。……少し、人より魔力が強いだけ。でなければ私なんて、とっくに処罰されていると思わない?」
そっと目を瞑りながら、言葉を紡いだ。
瞼の裏に思い浮かぶのは、いつも彼女が目にするルクセリア様の陽だまりのような笑顔。
やっぱり、どれだけ考えても……ルクセリア様を恐れることも忌避する気持ちも全く湧いてこない。
ただ……心配だった。
覚悟を決めたような、そんな強い光が彼女の瞳に宿っていたから。
「……確かに。アリシアの失礼な言動の数々を、ルクセリア様は笑って受け止めて下さっているものね」
「あれ? ……そんな風に言われるほど、私ってば失礼なことしてる?」
苦笑と共にフリージアが漏らした言葉に、私は納得できずに待ったをかける。
……私は誠心誠意、ルクセリア様に仕えているのだけれども。
「え?」
フリージアは、驚いたように目を大きく開いていた。
あれ? 私、何か変なことを言ったかな?
認識の相違が突きつけられ、気まずい沈黙が私たちの間に流れる。
「……あ、あ、アリシア!貴女、早くルクセリア様のところに行かなくても良いの? 私も、手伝いで一緒に行くわ」
その空気を壊すように、フリージアが咄嗟に話題を変えた。
「……そうよね! きっと、ルクセリア様がお待ちでしょうし」
そうして二人は、ルクセリア様の部屋に向かったのだった。