侍女と主人の結婚式 2
「静まれ」
場を切り裂くような鋭い声が、ルクセリア様から発せられる。
「皆、席に着け」
「は……」
ルクセリア様の命令を飲み込めず、誰もが呆然と彼女を見つめるばかり。
何人かは気絶をしていて、そもそも彼女の命令を聞くことすらできていないけれども。
「……何をしている。早く、座れ」
動かない状況に痺れを切らしたルクセリア様が再び命令を下すと、全員がすぐさま席に着いた。
「……お言葉ですが、ルクセリア様!」
静まり返り息が詰まるような緊張感の中、一人の男性が叫んだ。
「……何か? ラダフォード侯爵よ」
どかりと王座に座りながら、ルクセリア様は問う。
相手は、ヴィクセン・ラダフォード。
ラダフォード侯爵家の当主にして、今しがたルクセリア様に刺されたヴィルヘルム・ラダフォードの父親だ。
「何故! 何故、我が子息を……!」
そう叫ぶ彼の瞳は、憎しみに染まりきっていた。
そしてヴィクセンを擁護するような空気が、段々と会場中に伝播する。
「……『何故』と、其方が余に問うか」
憐れむような視線に、歪む口元。
猜疑心・敵対心・憎悪・恐怖が篭った視線を一身に受けながら、それでも彼女は堂々としていた。
ルクセリア様は、側にいた侍従に声をかける。
内容が聞き取れないほど小さな声でのやり取りに、その場にいる面々は彼女への猜疑心を深めていた。
侍従は彼女の言葉に頷くと、その場を発った。
「余こそ、問いたい。其方、何故……アスカリード王家を裏切った?」
「裏切り!? 一体、何のことを仰っているのですか!? 我がラダフォード侯爵家は、アスカリード王家に忠実です!」
「ふふ……」
突然、ルクセリア様は笑い出した。
それはもう、愉快だと言わんばかりに。
「忠実……忠実、か。余を弑することが其方の言う『忠実』なのか?」
「なっ……!」
そのタイミングで、先ほどルクセリア様に声をかけられた侍従が戻って来た。
侍従は複数の書類の束を、彼女に渡す。
「余を弑することで、王配のヴィルヘルムに……ひいてはラダフォード侯爵家に実権が移ると?」
「ご、誤解です……っ! 一体、何故そのような疑いをかけるのですか!?」
「ほう……誤解。余に飲ませる為の毒の入手経路を押さえ、現物を押収し、証人も捕らえている。更には、毒を飲ませることに失敗した時の為に雇った暗殺者も捕らえた。これらの証拠が複数あったとしても、誤解と言うのか?」
バサリ、バサリと彼女の手元から書類が宙に舞う。
その書類の隙間から見えたのは、彼女が手に持つ瓶。
「あ、ああ……」
その瓶がラダフォードにも見えたのか、明らかに狼狽しているようだった。
ヴィクセンのその姿に、彼の周りは僅かに疑いの眼差しを向け始めている。
「……。罠です! ルクセリア様」
けれども幸か不幸か、ヴィクセンは持ち直した。
先ほどまでの狼狽をなかったことにし、そんな言葉を叫び始めた。
「罠、と言うか……」
ルクセリア様は面白いと言わんばかりに、目を細める。
「はい。我らラダフォード侯爵家を貶めんと、誰かが罠に嵌めたのです! 」
「くくく………ふふふ、そうか、そうか。其方は余が嘘を言っていると?」
「否、ルクセリア様が『嘘を言っている』とは申しておりません。ただ、何者かに『騙されている』のだと」
「……そうか。其方は、そもそも余の魔法を知らなかったのだな」
前後の意味と繋がらないルクセリア様の呟きに、誰もが首を傾げる。
「否、良い。ならば……見せよう」
瞬間、ルクセリア様は手を宙に掲げた。
それと同時に、藍色の光を纏った宝剣が一つ現れる。
参列者の中には、その宝剣自体がトラウマになっているのか、悲鳴をあげていた。
「『其方に、問う。其方は余を弑する計画を立て、実行に移さんと行動したな?』」
「否、そんなことはある筈がありません! 我がラダフォード侯爵家はアスカリード王家の忠実なる僕。誓って我がラダフォード侯爵家一同そのような計画を立ててはいませんので……」
途中で、ヴィクセンの言葉が止まった。
「ひっ……!」
自らの身を包む藍色の光に気がついて、彼は短く悲鳴をあげる。
そしてその次の瞬間、ヴィクセンは倒れた。
「きゃああぁぁ!」
再び、悲鳴が会場中に響き渡る。
「……静まれ!」
けれどもルクセリア様の叫びに、誰もが恐れをなして口を噤んだ。
「……ゴドフリーよ」
「は、はい……」
「魔法師団団長の其方であれば、この剣が『何か』を知っておろう?」
「も、勿論です。……その剣は、『誠実』の剣。その剣の前で嘘偽りを言えば、宝剣が罰を与えます」
「そう。この剣は、絶対に嘘偽りを見逃さない。それがこの剣の力であり、この剣の真価。尤も……」
ルクセリア様は手を差し伸べるように、掌を上に向けつつ腕を伸ばす。
瞬間、五つの宝剣が現れ、くるくると彼女の周りを回った。
「力を宿すのは、この剣だけではない。全ての剣に、力は宿っている。これらの剣の試練を乗り越えられねば、命を落とし……生き長らえれば、どのような嫌疑をかけられていようとも、王の恩寵を受けたとその全てが赦される。そうであろう?ゴドフリー」
「ええ。ルクセリア女王の仰る通りです」
ゴドフリーの同意にルクセリア様は軽く笑みを浮かべると、手を挙げる。
同時に、宝剣が音もなく消えていった。
「『誠実』の力でヴィクセンが裁かれたことによって、ラダフォード侯爵家が余を弑する計画を立案していたことが証明された。故に、ラダフォード侯爵家は取り潰しとする」
「……お待ちください」
「何か? スレイド侯爵よ」
「王族反逆の罪は、連座。早急にラダフォード侯爵家の親族を捕まえるべきかと」
「心配は無用」
スレイド侯爵の提言に、ルクセリア様は笑ってみせた。
「既に王国軍に命令を下している。ラダフォード侯爵家の家人を一人残らず捕らえよと。そこに転がる、ヴィクセンとヴィルヘルムを除いて……な」
「ははは……確かに、彼らを捕らえることは不要でしょう。出すぎた真似を、失礼致しました」
「他に何か意見のある者は?……ないのであれば、これにて式典は終いとする」
ルクセリア様はそう言い切ると、その場を去って行った。