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悪徳女王の心得  作者: 澪亜
第一章
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侍女と主人の結婚式

拍手が落ち着くのを待ったから、再びゴドフリーは言葉を紡ぎ始めた。


それは、婚礼に際して男女に問いかける一般的な言葉だ。

二人がこれから先の時を重ね、新たな家庭を築く覚悟とを問うそれ。


ルクセリア様とヴィルヘルムは、互いに向き合った。

そして『誓います』と二人が言えば婚礼式は無事終わる。


まずは、ルクセリア様の番だ。

けれども、ルクセリア様は口を開かない。


無言を貫くルクセリア様に、僅かに参列者から戸惑いの声が漏れ始める。


『一体、ルクセリア様はどうしたのかしら?』という視線を、フリージアから向けられている気がする。

けれども私はルクセリア様を見守ることに夢中になっていて、その視線に反応する余裕がなかった。


ルクセリア様が、参列者に向き直った。

同時に、濃密な魔力の気配が場を支配する。

その魔力の発生源は、祭壇前に立つルクセリア様だ。


空気が重く感じられるほどの圧力に、先ほどは違った意味で皆が息を飲む。


瞬間、彼女が両手を広げた。


ぶわりと温かな風が吹いたと同時に、彼女の周りに五つの剣が現れ宙に浮く。

臙脂色・琥珀色・碧色・藍色・紫色の五色を纏った、それ。


……間違いなく、宝剣だった。


再び、参列者が息を飲んだ。

先ほどよりも、皆の動揺は大きい。


……それも、当然のことだ。

何しろルクセリア様は、宝剣を『出せない筈』だった。


それなのに、初代王を除き歴代王が成し得なかった『五本の宝剣を同時に出す』ことに成功している。


……それは、あり得ないことの筈だった。


私もまた、ルクセリア様の成したことに驚きを隠せない。

息を呑み、ただルクセリア様の一挙一動に注目していた。


ポロリ、と何故か両の目から涙が溢れる。


「……あれ?」


咄嗟に私は、頰に伝う涙を掬い取った。


……どうして、涙が溢れるのだろう?


そう、自らに問いかける。

怖い? 悲しい? ……どれも、違う気がした。


上手く表現できないが、強いて表現するのであれば……懐かしさと感動。

何故かルクセリア様が宝剣に囲まれる姿を前にして、私の心をそれらの感情が占めていた。


私が涙を流す間に、事態は大きく動き出す。


ルクセリア様が、自らの周りを回る五つの宝剣の一つを手にする。

それは、鮮やかな臙脂色の光を纏った剣。


そのままルクセリア様は、手にした宝剣をヴィルヘルムに向けた。

……そしてその剣を、彼に突き立てた。


芝居の演出かと問いたくなるような、現実で見るには衝撃的過ぎる光景。

まるでスローモーションのように、その光景がゆっくりと動くように感じていた。


「きゃ……キャアアァァ!」


一呼吸後。

誰が発したのか、会場から悲鳴があがる。

我も我もと、次々と同様の悲鳴が響き渡る。


「……どう、して?」


その悲鳴に隠れながら、誰に問うでもなく私は呟いた。

私の視線の先は、ただ一点。

倒れた、ヴィルヘルムに注がれている。


どうして……刺されるその時、彼は笑っていたの……っ?


確かに見た光景が、頭から離れられない。

自ら刺されそうになるその時に、彼は笑ったのだ。


ルクセリア様を見て、悲しそうに、嬉しそうに。

そしてその表情に、一瞬ルクセリア様は泣きそうに顔を歪めていた。


……一体、どういうことなの?


ルクセリア様がそんな表情を浮かべるところを、私は見たことがなかった。


いつも、陽だまりの中にいるような……そんな、柔らかな笑みばかり。

たまに寂しそうな色を瞳に映していることに気がつく度に、『どうしたのだろう』『何かあったのか』『大丈夫なのか』と心配になる。


けれども私が口に出して問おうとすると、すぐにそれを隠してしまう。

そして、また柔らかな笑みを浮かべるのだ。

まるで、これ以上は踏み込んではダメだと言わんばかりに。


だから私は、ずっと……聞けないでいた。

……そのことを、今、後悔していた。


もし……あの笑みの裏に、この哀しみが隠されていたのだとしたら?


ルクセリア様は、一体いつ……誰に対してそれを吐き出せていたのだろうか。

辛い思いを、ずっと抱えてきたのではないだろうか。

……一体、何がルクセリア様の心を哀しみに染めているのだろうか。


会場中が恐怖と驚愕に染まる中、私は……ただひたすらに、ルクセリア様のことを慮っていた。

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