王女と見習い侍女 2
更新2話目です
瞬間、彼女から魔力が漂う。
……ああ、これか。
「アリシアは、強い魔力を持っているのね」
むせ返るような、濃密な魔力の気配。
魔力を持たない人がこの場にいたら、簡単に気を失っていただろうと想像ができるほど。
「え、うん。あ、違った……そう、です」
私の魔法を防いだのも、魔力を解放することを嫌がっていたのも、そして今、明らかに動揺していることも……それが、理由か。
「どういう原理かは、分からないけど……多分、それね。他人の魔力で、これほどの圧を感じたことはないもの」
私自身の魔力量が多いということがあって、他人の魔力で圧を感じたことがない。
だというのに、今はそれをヒシヒシと感じている。
「あ、あの……ルクセリア様。これなら、私がここで働くことに問題無いです?」
「……ダメ」
「ええ……!?」
「ダメったら、ダメよ。絶対ダメ」
「どうして、です? だってルクセリア様の魔法は防げるんだから、問題無い?」
「……私の魔力は、日々強くなっているわ。今はまだ魔法は防げても……これから先は、分からないわ。……いつかは貴女だって……」
つい、段々と熱くなってしまった。
そのせいで、言わなくても良いことを言ってしまった。
「さっきから気になっていますた。……ルクセリア様の魔法って、心の声が聞こえるだけじゃない?」
やっぱり、気づいてしまったか。
……そう後悔しても、もう遅い。
「だってルクセリア様、さっき『心に作用する』魔法だと言います、た。普通、『心の声が聞こえる』って、言うます。 それに……皆、心の声を聞かれることは嫌と思うますが、それが身の危機につながるは、多分、ないと思うます。でもさっきからルクセリア様、『私がここにいることで傷つくかもしれない』って感じです、た。だから、ルクセリア様の魔法は『心の声が聞こえる』だけじゃない?」
私は、深く息を吐いた。
……本当に、よく気がつく子だ。
幾ら彼女の言葉が疑問形とはいえ、こうも確信を持たれてしまえば、もう下手に誤魔化すことはできない。
「ええ、そうよ。そうなの。私の魔法は、『心の声が聞こえる』ことじゃない。『心に作用』するもの。つまり、私の魔法は……他人の心を操ることができるの」
こんな魔法、なくなれば良いのに。
ずっと、そんなことを思っていた。
けれどもそんな私の願いとは裏腹に、私の魔力は年々高まっていった。
そしてそれと共に、聞こえる『声』もどんどん多くなっていったのだ。
「あの頃……私は眠れない日々が続いていて、イライラしていたわ。目を閉じても、耳を塞いでも、いつでも聴こえてくる『心の声』。それは、朝も昼も夜も。……時間なんて、関係がなかった。それで苛つきが最高潮に達したその時、私はつい『静かにして』と耳を塞いで叫んでしまったの」
「……叫んだだけ?」
「そう、叫んだだけ。でも無意識に、魔力が声に乗ってしまったみたい。……そして運悪くそれを直接聞いた侍女が、倒れたの」
あの時……私は呆然と、彼女が倒れていく様を見ていた。
本当に、何の前兆もなかった。
急に、眠るように倒れていったのだ。
「幸いにも翌日に、彼女は目覚めたわ。だから、もう大丈夫だと安心した。安心、してしまったの。……でもね、彼女はそれからずっと誰の呼びかけにも答えなかった。ただ虚ろな目で、宙を見ているばかりだった。彼女の異変の原因が全く分からなくて、やがて医師も匙を投げたわ。……最初は小さな、予感だった。でもその内、段々と怖くなった」
……まさか、私のせい? 私が『静かにして』と、叫んだから?
そんな嫌な予感が、頭の中を過ぎったのだ。
そんな訳ない、でもまさか……と、段々と怖くてなっていった。
「それでね、叫んだの。『戻って』と。……そうしたら、その使用人は元に戻ったわ」
無事戻ったことは喜ばしいことだけど、私の魔法のせいだというのは明白。
「その後の検証で、最初は『人の心が聞けること』だと思われていた私の魔法が、実は『人の心に作用するもの』だということが判明したという訳。……洗脳や催眠は、お手の物。使い方を誤れば、人の心を壊すことだって簡単にできてしまう」
そんな恐ろしい魔法を持っているのが、年端もいかない子ども。
おまけに魔力量が高過ぎて、魔法をコントロールすることができない。
「その事件で、お父様は私の幽閉を決めたわ。……この話を聞いたら、当然のことだと思うでしょう? 私だって、自分で自分が怖かったもの。いつ、私の魔法が暴発してしまうのか……人の心を壊してしまうのか。今までは運良く元に戻ってくれたけど、元に戻らなければ? ……その可能性を考えたら、眠れないぐらい怖くて怖くて仕方なかった。お父様は、そんな私を救ってくれたの。……だから、お父様には感謝してもしきれない」
私は、再びアリシアを見た。
……恐怖で顔が引きつっているかと思ったけど、意外と普通だ。
「……さっきも言った通り、私の魔力は日に日に強くなっている。今、私の魔法を防げている貴女も、いつかは防げなくなって……危険が及ぶかもしれない。だから、ここにいてはダメ」
「……聞いても良いのです?」
「何?」
「……いつかは、ルクセリア様はこの塔を出ないと行けない? 次の王さまになる為に」
「それは、お父様が言っていたの?」
「うん。そういう決まりだって」
「……そうね。この国は女であれ男であれ、長子が王位を継承する。だから私は……いつか、ここを出なければならない。それまでには、魔力を制御できるようにならないとね」
「なら、どうやって制御できたって確かめる、ですか?」
「それは……」
「……一人でいたら、確かめられない。いつかは、できるようにならなきゃならないです。 それなら、今からその練習をした方が良いに決まってるです。だから、私が側にいてルクセリア様の魔力制御ができるお手伝いをするます」
……彼女の言っていることは、正論だ。
いつかは、できるようにならないといけない。
たとえこの先……弟か妹が生まれようとも、私が生きている限り、絶対に王位を継がなければならないのだから。
だからこそ、魔力制御の訓練として彼女が側にいてくれるのは確かにありがたい。
……そんな、建前が私の頭を占めた。
けれどもそれ以上に……心が、揺れた。
だって、初めてだったのだ。
私の魔法を知って、離れなかった他人は。
お父様とお母様以外、受け入れてくれる人はいないと思っていたのに。
「……分かったわ。私には、貴女が必要みたい。貴女を、雇うわ」
「ありがとうご……はっくしゅん!」
アリシアが、盛大にくしゃみをした。
……まあ、埃っぽいもんなあ。むしろ、よく今まで我慢をしていたもんだと苦笑いを浮かべたときだった。
ガシャン、という音が響いて、恐る恐る後ろを振り返る。
立てかけるようにしていた棚の残骸が倒れて、見るも無残な姿になっていた。
「……早速だけど、仕事をお願いしても良いかしら?」
「……そうですね。すぐに片付けるます」
私の依頼に、アリシアは苦笑いを浮かべていた。