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悪徳女王の心得  作者: 澪亜
第一章
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人形姫と婚約者の問い

結婚式まで、残り一ヶ月。

アリシアの美味しいデザートを味わいつつ、ギルバートの生徒たちと議論を重ねる毎日。

とても、充実した日々だ。


「ルクセリア様! 今日はマッサージですよ! もう結婚式まで日がないのですから」


ただ……結婚式が近づくに連れ、流石に私も準備から逃げられなくなったことが大変。

とは言え、必要なことだから仕方ないか。


「さあ、失礼致しますね」


長椅子に仰向けに寝そべった。

アリシアの手が、私の頬や鼻筋、首筋を撫でる。

優しいその手つきに、硬くなった体が解れる心地がした。


「……バッチリですよ、ルクセリア様」


どうやら、眠ってしまっていたらしい。

目を開いたら、鏡を持ったアリシアが目の前にいた。


「ごめんなさい、眠っちゃったわ……」


「良いのですよ。リラックスいただくことが、一番大切ですから。本当はもう少しお休みいただきたかったのですが、この後予定がございましたので」


「それは仕方ないわ。……見せて」


アリシアが、私に鏡を近づけた。

肌の色が明るくなって、心なしか顔まわりがスッキリした気がする。


「流石、アリシア」


「素材が良いからですわ」


「またまた、アリシアったら。……さて、次の予定は何だったかしら?」


「マルベリー夫人が、ルクセリア様にお会いしたいと」


「ああ、そうだったわね」


「お召し替え致します」


アリシアはささっと手際良く私に服を着せてくれた。

支度を終えると、私室から応接室に移る。


「……失礼致します」


フリージアの声と共に、扉が開かれた。

そして入ってきたのはフリージアと……それから、ヴィルヘルム。


彼の姿を目にして、明らかにアリシアが狼狽していた。


……何故、お前が。


そんな声が、聞こえてきそうなほどだ。


「……何故、貴方が……っ」


訂正。彼女の口から、その言葉が飛び出た。

アリシアの直接的な言葉に、ヴィルヘルムは眉を顰めている。


「……私、マルベリー夫人に会うと伺っていましたの。彼女も、それは同じ。だから、つい驚いて聞いてしまったのよ。ね? アリシア」


私の取り成しに、アリシアは不承不承といった体で頷いた。


「……それは、申し訳ない。私が会うとなると色々面倒なことになるから……と、マルベリー夫人に譲って貰ったんだ」


「……そう。それで、ご用件をお伺いしても?」


「最後に答えを、聞きたかった」


「……答え?」


何か、彼から質問があったっけ? と、自分に問う。

……答えを探そうと、記憶を掘り起こしても全く覚えがない。


けれども次の瞬間、彼の言葉が更に深く私を混乱の渦の中に沈めた。


「月は、今も世界を回ることを望むか……と」


彼の問いに、頭は真っ白になる。


……今、彼は何と問いかけた?


思わず、私はその場に立ち上がった。

アリシアは私の咄嗟の反応に、驚いたようだったけれども……場を取り繕う余裕が今の私には全くない。


私のその反応に、ヴィルヘルムは笑った。

……彼の笑みは、貴族たちが人形姫に向ける侮蔑の込もったそれではない。


ただただ、納得したような……悲しそうな笑みだった。


「……十分、答えは聞けました。戴冠式を楽しみにしていますよ。ルクセリア様」


「ま……待って!」


頭を下げ、部屋から立ち去ろうとしていた彼を思わず呼び止める。

彼は歩を止め、一瞬振り返った。


咄嗟に、魔法を発動させる。

……彼の心の声が、聴きたくて。


フェアじゃない、ということは分かっている。

他者の気持ちを、無理矢理聞こうとすることは。


だから魔法のコントロールができるようになった後、私は誓ったのだ。

王族としての務めを果たす時以外は決して使わない、と。


特に、彼に対しては……彼の本音を聞くことが怖くて、使いたくなかったし、使えなかった。

だから、今、始めて私は自分の意思で彼の声を聞く。


「……〜っ!」


けれども、すぐに後悔をした。

普段表に出なかった、彼の心の声を聞いて。

震える唇を噛み締めなければ、嗚咽が溢れそうになるほど。


声の代わりに、私はじっと彼を見つめる。

……とても、静かだった。

深い深い海の底のような、凪いでいて……けれどもどこか悲しい、そんな瞳。

彼のそんな瞳を見ていたら、体が震えた。


「やっぱり……何でもないわ」


彼は再び頭を下げると、今度こそ本当に去って行った。


後に残されたアリシアはただ事ならぬ私の様子に、口を噤んでいた。


普段だったら、『あんな意味不明な質問一つで帰るなんて、一体何だったんでしょうね?』ぐらいは言いそうだけど。

けれどもアリシアの沈黙が、今はただただありがたかった。

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