人形姫と偽侍女
アーロンを見送った後、私は再び庭を眺める。
「……アリシアがいれば、ここでのんびりお茶を飲みつつ一息も良いのだけど」
「そう言えば、アリシアの作るデザートって誰が毒味をしているんですか?」
同じくこの場に残ったトミーの質問に、私は首を横に振った。
「誰にも依頼しておらぬ」
「え!? 誰にも、ですか?」
「うむ。お陰でアリシアのデザートは、温かいものも食べることができる」
「それは良かったですねー……って、いやいやいや、それはダメですよ。今度から毒味を準備させて貰いますから」
「いらぬ。……アリシアが作り、給仕したものに毒の心配はない」
「分からないじゃないですか。……人は裏切る生き物ですから」
「そのようなこと、百も承知。逆を言えば、余を絶対に裏切らないと言い切れる者はいるのか? いないであろう?」
そう問いかけつつ、笑った。
「意地の悪い質問であったな。何も、其方のことを信用していないと言う訳ではない。単に、事実を述べたまで。……どれだけ余に忠誠を誓おうとも、裏切る可能性は誰だとて持ち得るもの。……むしろ逆に行き過ぎた忠誠や信仰心が、毒となることすらままある」
「それは……まあ。私が貴女様と別の考えを持つ人間である以上、貴女様の考えを完璧に推し量ることはできませんから。そう言った意味では、誰だとて裏切る可能性はありますよね」
「うむ。……誰もが裏切る可能性を持ち得る以上、余にとっては『余を裏切ったとしても、仕方ないと思える人物』が最も重要。アリシアは、余にとってそんな存在ということだ」
「……仮に、アリシアが姫様に悪意を持ったとしても?」
「それは、そうさせた余に非があると考える。故に、彼女に対しては仕方がないと思うのであろうな」
「ははは、本当にお優しいことで。因みに、アリシア以外の人間ならば?」
「無論、容赦はしない」
「……本当に大事にしてますよね。一体、彼女の何がそんなに特別なんですか?」
「調べてないのか?」
「調べましたよ。調べても、何も出てこなかったんです」
「其方が調べて出てこぬのであれば、真実何もないのであろう?」
「過分な評価ですよ。……本当、負けた気分です。勘では貴女様とアリシアの間には何かある!と思っているんですけど」
……トミーがどれだけ調べても、出てこないのは当然だ。
アリシアが働いていたことの隠蔽の片棒を片付いたのは、五大侯爵の一角。
おまけに、私の魔法で仕上げとばかりに、関係者全員の記憶を抜いている。
故に、トミーがその事実を掴めないことは仕方ないことだ。
「アーロン殿との関係も、上手く隠してましたよね。俺、貴女様とアーロンさんの関係が先に調べがついていたら、絶対に貴女様の暗殺任務なんて受けなかったのに」
「人形姫は部屋から出ぬと噂になっていたからな。抜け出す隙は、結構あった。……とは言え、余が国軍の訓練に参加できるようになったのは、其方が余と国軍の関係を隠蔽することに一役買ってくれているからだ。本当に、感謝しているぞ」
「……なら、聞いて良いですか?」
「ん?」
「何故、貴女様は国軍のアーロン殿に教えを請いに?」
「必要だから……ただ、それだけだ」
「……次期王であれば、常に護衛に守られるでしょうに」
「其方、本気で言っているのか? 其方は知っているではないか。余の暗殺に来た時、余を真実守る者はいなかったことを」
「……失言でした」
「まあ、良い。つまり、だ。余は次期王として、自分の身は自分で守れるようにすべきと判断した。……それと、当時既に評判であったアーロンとの直接の繋ぎが欲しかった」
言葉に出して、つい過去を思い出して笑みがこぼれる。
「どうしたんですか?」
「……少々その時のことを思い出してな。始め、アーロンに稽古をつけて貰うよう依頼した時は、けんもほろろに断られたなと」
「そりゃ、深窓のお姫様に頼まれたら何の冗談か?と思いますよね」
「うむ。余が逆の立場でも、そう思うであろう」
「逆にどうやって、アーロン殿を説得したんですか?」
「無理を押し通した」
「えっと……それは魔法を使ったってことですか?」
「否……半分当たりか。全魔力を体中に巡らせたんだ」
彼女の回答にトミーが苦笑いを浮かべた。
「あー……貴女様の魔力量は、莫大ですからね。そりゃ、成長の可能性を見出しちゃいますよ。何せ、魔力が強ければ強いほど身体強化の強度と持続性は上がるってことですから。力と速さが全てではないですが、強力な武器になります」
「自分の魔力に、感謝する日が来るとは思わなかったぞ」
「そりゃ、魔力を持つ人は少数派ですから平民の内に偏見があることは否定しませんよ。ですが、この国は宝剣のおかげで他国より魔力を持つ人への風当たりは少ないと思いますけど?」
「……そうだな。だが……」
視線を庭に向けながら、私はぼんやりと相槌を打つ。
確かに、風当たりは少ないのかもしれない。
けれども過去アリシアから聞いた話や自身の経験を踏まえると……この国であっても、強過ぎる魔力はやっぱり恐れられている。
「否、忘れてくれ。……さあ、トミー。戻るぞ」
トミーに視線を戻すと、手を差し出した。
「承知致しました」
トミーは私の手を取って、立たせる。
そうして私たち二人は、その美しい四阿を去ったのだった。