人形姫と軍団長
本日6話目の追加です
「……ギルバートの案内は?」
「外に控えていた者に任せるよう、伝えてあります。幸いにも貴女様の時間がこれから少々空いているので、国軍団長とお会い頂こうかと」
「流石、手回しが早いな。そういうことであれば、早速向かおうぞ」
私はトミーの手を取り、立ち上がった。
「……さっきの貴女様の雰囲気に、鳥肌が立ちましたよ。ホラ」
道すがら、トミーは軽口を叩く。
昼間でありながら、奥宮は他の宮と比べて人通りが少ない。
「見せずとも良い。……そんなに怖かったか?」
「そうですね。……恐れというより、畏敬という感情が近いでしょうかね。魔法、使いました?」
「まさか。余が魔法を使っておれば、其方らはまだ立てぬであったろうよ。それに、余はなるべく魔法を使いたくない。信頼を置ける者たちに対しては特に……な」
「……そうですよねー。魔法を使われたら、あの程度の圧で済む筈がない」
「生憎、余は自分の魔法にかかったことがないから分からぬな」
「そりゃ、そうでしょうよ」
トミーの言葉に、彼と私は揃って笑い出した。
「おおっと、笑うの止めてください。誰かが近づいてくる」
トミーの言葉に、私はピタリと笑いを止める。
彼の言葉通り、前方から二人の男が現れた。
彼らは私の存在に気がつくと、慌てて頭を下げて道を譲る。
そんな二人の横を通り過ぎ、私たちは奥宮と中宮の間にある庭に入った。
そのまま、迷路のような茂みを突っ切る。
そうしてたどり着いたのは、静かな四阿。
私は中に設置された長椅子に腰かけた。
「……本当に、王宮は広いな」
庭を眺めながら、そっと呟く。
「そうですね。おかげで、警備が大変です」
「王宮に対して、そのようなケチを付けたのは恐らく其方が初めてぞ」
「王族の方が言われたのは初めてかもしれませんが、俺のような者も含めて警備をする人間は誰もが思いますよ。どんなに綿密な計画を立てようとも、どうしても広ければ広いだけ目が届かないところができ易い」
「……否定はできぬな」
そんな会話をしている間に、一人の男が現れた。
精悍な顔つきに、服の上からでも分かるほどの筋肉質体型の男。
「其方もそう思うか? アーロン国軍団長よ」
「……そうですね。正直なところ、彼に同意です」
「ふふふ……そうか」
アーロンは、私の元に辿り着くと私の手を取りキスをする。
「ご機嫌麗しゅう、ルクセリア様」
「……久しいな、アーロン」
「休まず剣を握っているようですね。……良い手です」
手を握ったのは、それを確認する為だったのかと、つい笑みがこぼれた。
「其方に褒めて貰えて、何よりだ。……次は、余の相手を務めて貰おうぞ」
「是非に」
アーロンは私の手を離し、一歩引いたところで再び膝を折った。
「……さて、本題に入るぞ。『祭』の準備は?」
「王宮警護隊、領への派遣隊、いずれも編制は完了。訓練も相応に積み、いつでも出撃可能です。後は姫様の号令を待つばかりです」
「隊員たちへの情報統制は?」
「全てを知るのは、私と私の副官のみ。士官たちにも全ては知らせていません」
「……そうか。情報が漏れると敵が身構え、任務達成の難易度が高まる。故に、くれぐれも情報統制は徹底せよ」
「承知しております」
「……領への派遣隊の指揮は?」
「私が、直に。王宮警備隊を、副官に任せます」
「それで良い。戴冠式と言う名の劇の主役は余であるが……領の捕り物劇の主役は、其方ら。どちらが重要かなど、分かりきったこと。……最悪、余は自分の身は自分で守ってみせるしな」
「姫様の技量であればそうでしょうが……我々の出番を簡単に譲るつもりはありませんよ」
「それは重畳。……王宮警備隊の配置は、トミーに連携しているか?」
「はい、既に。聖堂内外と正門から聖堂までの警護の配置について、既にトミー殿には知らせています」
「……ふむ。ならば、トミー。其方は捕り物劇の舞台をアーロンに伝えてあるか?」
「勿論です。ターゲットの出入りする場所を、全てアーロン殿には伝えてありますよ」
「今回の劇は、情報統制の観点からこちら側の登場人物を百人に絞っています。とは言え、同時に動いて初動が遅れれば、逃げられる可能性が高まる。それ故に、まずは最もターゲットがいる可能性の高い彼らの屋敷に、十名ずつでそれぞれ向かう予定です。その上で、仮に捕まえられなかった場合には領内を隈なく捜索致します」
「百名、か。ならば隠密行動が絶対であるな」
「ええ、仰る通りです。祭が始まる前に、我らは密かに領都に向かいます。その後も、ターゲットを捕らえるその時まで、なるべく目立たぬよう動きます」
「……苦労をかける。兵站の準備は? 他に何らかの懸念はないか?」
「ギルバート殿の支援のおかげで、万事滞りなく整っています」
「……そうか。正式な命令は、祭当日に伝える。だが……アーロンよ。今回の任務は捕縛を主としているが、奴らが抵抗した場合は余の名の下に容赦なく排除しろ」
「承知致しました」
「其方の武運を、王都より祈っている」
「ありがたき幸せ。……姫様の武運こそ、私は祈り申し上げます」
「うむ」
「それでは、訓練がございますので。……そろそろ、御前失礼致します」
アーロンは立ち上がると、頭を一度下げて去って行った。