人形姫と議論
本日5話目の更新です
職場体験の、翌日。
その日は丁度『マホガード先生』……ギルバートの授業が予定に入っていた。
ギルバートが入室した直後、私はつい笑い出す。
「やっぱり太陽の下でも、其方のその姿は全く違和感がないぞ」
「お褒めに預かり、恐縮です」
やけくそ、と言った体でトミーが応える。
そんな彼の反応に、益々笑みを深めていた。
「私を案内する侍女を『彼女』にしたということは、今日は授業ができませんね」
「すまぬな。今後、其方の生徒たちと議論したいことを整理しておきたくて」
「丁度私も思っていましたよ」
「結構。……そういう訳で、無理を言ってすまなかったな、トミー」
「仕方ないっすよ。こーんなむさ苦しい男性と部屋で二人きりになれない以上、女性役として俺を配置するしかないですから」
ギルバートの授業の時……否、私の執務室に客人が来る時は、必ず女性の使用人が同席する決まりだ。
けれども人形姫の仮面を外した姿を、使用人に見せる訳にはいかない。
それ故に、私はトミーを呼び寄せたのだ。
「むさ苦しいとは、失礼ですね……まあ、否定は致しませんよ。さて、姫様。時間は有限です。早速始めましょうか」
「うむ。まずは、昨日其方の生徒にも話したように『組織のあるべき姿』の検討の件」
「はい。これについては姫様のご指示通り、彼らに現状分析……つまり『各省が担当する業務』の確認をして貰っています。これは、後数日以内には終了するでしょう」
「うむ。それは、今後の議論の基となる資料となる。抜け漏れがないか、しっかりと確認させよ」
「承知しました」
「現状分析を基に検分したいのは、『無駄な業務』がないか、業務を遂行する上で『無駄な作業』がないか。それと併せて別の省で『重複した業務』がないか。ここまでを、余の戴冠前に完了させたい」
「それはつまり、姫様が仰っていた『無駄』を無くす為の確認ってことですか?」
「トミーの理解の通りだ。過去の報告書は全て目を通したが……この国の政は随分と複雑かつ無駄が多い。単純かつ簡単にできるものは、そうすべきであろう?」
「それもそうですね」
「それから『無駄』を特定するということは、逆に言えば『必要な業務』と『必要な者』を特定することができる。何か問題が起きたとき、それらが特定できていれば、最低限国政を運営することができるということ」
「その辺りは、領政の検討過程と同じということですね」
「そういうことだ」
「……姫様。別の省で『重複した業務』がないかについては、省長に整理させる必要があるかと」
「……どういうことだ?ギルバート」
「『重複した業務』の整理は、最終的に重複を解消する為、つまり、その業務を『どの省が担い、責任を持つか』を決める為のものだと思います」
「うむ。ギルバートの言う通りだ」
「……であればこそ、省長を巻き込むべきです。こちらで進めた結果、『こんなことは聞いていない』と省長に拒絶されてしまえば、検討をし直すハメになるかもしれません。体裁だけでも、『自分たちで決めた』という形を整えるべきかと」
「……ふむ。一理あるな。ならばある程度こちらで重複した業務をどの省が担当するか素案を作成し、最終的に余の戴冠後に省長同士に責任者を議論して貰うという形とするか」
「ええ、それで良いかと」
「そしてその後、担当者の権限の整理」
「権限については、『重複した業務』の整理と同時並行で進めさせても良いかと」
「ふむ……ならば余の戴冠後に、共に命じるとするか」
「ええ、それが良いでしょう」
「うむ。各省長にそれらを確認させている間、其方の生徒たちには逆に『追加すべき業務』がないかを確認させよ」
「それは、新しい制度を導入する為にということですか?」
「否、そうではない。まだ導入するか決まらぬもののために、先に業務だけを作ることはできぬ。単純に、今の国政で不足しているものがないかを確認するだけだ」
「理解しました。……過程で、領の協力者たちと密に連携を取る必要がありますね。姫様の目標が領政の集中である以上、いずれ領から王宮へと業務の受け渡しが発生します。どのように受け渡すか検討する上で、互いの情報は必要不可欠ですから」
「そうだな。トミー、すまぬが……」
「分かってますよ。ただ、今はこちらの人員も余裕があるので連絡役もこなせますが……貴女様が戴冠した後はちょっと厳しいかもしれませんから、今の内から補充に乗り出さなければ」
「情報は、命。……其方が見込む優秀な人員を抱き込めるのであれば、金に糸目はつけぬ」
「それは光栄なことで」
「世辞は言っておらん。……さて、ギルバート。他に確認すべきことはあるか?」
「いいえ。確認致したいことは、全て確認できました」
「そうか。……取り纏めは、ギルバートに任せる。適宜報告、相談をせよ」
「承知致しました」
「トミーとギルバートには、これから先も多くの苦労をかけるであろう。……無理を願うことも、あろう。だが、余の目も耳も手も二つ……頭にいたっては、一つしかない。其方らの献身があってこそ、余は茨の道を進むことができる。これから先も、宜しく頼むぞ」
私の言葉に、二人は即座に膝を折った。
「「承知致しました」」
それからギルバートが執務室を去り、トミーだけが残った。




