人形姫と視察
そして、視察の日がやって来た。
視察とは、次期王が王座に就く前に表宮を視察して回ること。
要するに、王になる前に王宮内でどんな仕事が行われているか、自分の目で見てみろということだ。
……私とトミーが、『職場体験』と称したのも言い得て妙だろう。
「本日は公務ということで、シックな意匠のドレスに致しました!」
アリシアが着せてくれたドレスを、私は鏡越しで眺めた。
確かに濃紺色のドレスは飾りが少なく、落ち着いた印象を人に与える。
……流石、アリシア。センスが良いことで。
「やっぱり、ルクセリア様はどんなドレスでもお似合いになりますね!」
アリシアはキラキラした瞳を、私に向けていた。
「アリシアのセンスが良いのよ。……さて、行きましょうか」
護衛騎士を携え、私は職務区域に向かう。
今日の職場体験は公式行事の為、私が視察して回ることは周知の事実。
その為、待ち構えていたかのように高官たちが私を迎え入れた。
とは言え、だ。
人形姫に対して、真面目に案内する人などいない。
どの部署でも高官たちは始めに適当に挨拶をして、後は案内人任せだった。
……まあ、その方が気楽で良いけど。
私もまた笑顔を貼り付けて、案内人の説明に相槌を打つ。
そうして一日中見て回り、最後の場所に到着した。
「案内をありがとう。ここまでで、結構ですわ」
「ですが……」
到着した瞬間、私は案内人に告げる。
けれども案内人は、私の申し出に困惑した表情を浮かべていた。
「……最後の予定は、何だったかしら?」
「姫様との交流会ということで、不特定多数の官僚を呼んでいます。メンバーは……ああ、あえて姫様と普段交流がない者を呼んでいますね」
「あら、交流会? まあぁ、どなたが予定を入れてくださったのかは分かりませんが、普段交流のない方とお話ができるなんて、とても面白いですわね」
さも、今その予定を知ったかのような感想を口にした。
トミーとギルバートに捩じ込んで貰った予定だったから、元々この交流会のことは知っていたが……それを案内人に今、悟られる訳にはいかない。
「ですが……ならば尚更、貴方のような上役のお時間を頂戴するのは勿体無いわ。護衛もいますし、帰りも問題なく帰れます」
遠慮するように見せかけて、さっさとこの場を離れるよう案内人に持ちかけた。
「そ、そうですか? それならば……私はこれで失礼致します」
案内人はコロリと私の提案を呑むと、さっさと去って行った。
……ごねられて、面倒な事にならず良かった。
流石、人形姫。
彼を見送ってから、笑顔の仮面を剥がした。
「……侍女の次は、護衛騎士に扮するか。ほんに、其方はどこにでも紛れ込むな」
それまで黙って俯いていた護衛騎士が、顔を上げてニンマリと笑みを浮かべる。
いつもの、トミーの顔だ。
「へへへ……内部情報さえ掴んでいれば、どんなところだって入り込めるもんですよ。そもそも護衛騎士って、王族警護が任務ですからね。普段、表宮に護衛騎士は配置されていないんですよ。今日は姫様が視察するっていうことで、護衛騎士が表宮に配置されていますが……そういう特別なときって、あまり決められた行動から逸脱しないんですよね。だから、護衛騎士たちの配置場所と巡回のルート、それから姫様の予定さえ頭に入れておけば、なんとかなる……っと予測していただけですよ。まあ、そうは言っても、少しばかり護衛騎士たちと遭遇しないかヒヤヒヤする場面がありましたけど」
「其方は、やはり有能であるな」
私は再び人形姫の仮面を被り、扉に手をかけた。




