人形姫と病
タイトルを変更しました。
それに伴い、これまでの話も少し変更しています。(大筋は変わりませんが、追加しています)
どうぞよろしくお願いします。
夜中、私は書斎にいた。
室内に唯一人、窓の外を眺めるように窓枠に座って。
窓の外は闇の帳が覆っていて、景色は一切見えない。
代わりに、飾り気のない姿の自身が映っていた。
「……失礼致します」
「あら……こんな真夜中に淑女の部屋を訪れることが、紳士の嗜みですか? マホガード先生」
私の冷やかしに、マホガード先生は苦笑いを浮かべる。
「ブライアンの勧誘が上手くいったことを、取り急ぎ報告しようかと。それに貴女様なら、この時間も眠っていないでしょうし」
「俺が報告しようって言ったんだけどさー、一応、自分で報告したいって言うからさ」
そう言ってマホガード先生の後ろから現れたのは、侍女に変装したトミーだった。
その姿に、つい、僅かに笑いが漏れる。
「それで其方が、その姿。……一応、余の醜聞に気を使ってくれたのか」
人形姫ではない私を知る二人しかこの場にいないことが分かった為、口調を戻す。
「……ご苦労。彼は、どのような様子だった?」
「頑張ってくれてますよ。貴女様が見込んでくれた通りに。早速勧誘した今日から勉強会に参加して貰ったのですが、この時間までずっと質問攻めにあいましたね」
「それで、この時間。ふふふ……先が楽しみなこと」
私は視線を窓の方から、彼ら二人に向けた。
「ギルバートの元には素晴らしい官僚が集まりつつある。そして彼らが意見交換をすることで、新たな案が生まれては練られている。……とても、素晴らしいことだ」
「そう仕向けたのは、他ならぬルクセリア様ですけど。……俺、指示があったこととか、それに関係すること以外、基本、手を出さない主義だし」
「そんなことないぞ。其方は、よくやってくれている。ああ……そういえば、『職場体験』の準備は滞りないか?」
「ええ、勿論。先生と連携して万事、準備が整っていますよ。ちゃーんと、公開されている表の予定に紛れ込ませる形で、先生の生徒たちと一堂に会することができるようにね。……でも、今姫様の姿を現すことに、何のメリットが?」
「今……か。むしろ今というのは、遅いぐらいだ。今後のことを思えば、早く、人形姫の仮面を被らずにギルバートの生徒たちと語り合いたい」
「左様ですか。でもまあ……確かに王位に就く二ヶ月前に職場体験って、随分のんびりしたスケジュールですよね」
「仕方なかろう。慣例だ。……恐らく、玉座が長らく空くことは想定していなかったが故なのであろうな。人形姫たる余が、それを突然変える訳にもいかぬ」
「確かに、人形姫が突然国政に興味を持ったとなったら、不自然です。……というか、ルクセリア様。顔色悪くないですか?」
「私も、同じことを思っていました」
二人の言葉に、私は笑みが零れた。
ほんの一瞬だから、気づかれないと思っていたのに。
なかなか彼だけでなく、ギルバートも鋭いな。
「……うっ」
私は口元を押さえて、その場で身を縮こませる。
「大丈夫ですか!? ルクセリア様」
「……騒ぐな、ギルバート。大丈夫だ」
側に近寄ってきたギルバートを制するように、手を彼に向けた。
「……やっぱり、具合悪かったんすかー。俺たちが現れても、窓枠に座ったまま。体面を気にするルクセリア様が、そんな行儀が悪い姿を見せるとは思わないので」
そう言いながら、トミーは私室から水差しとコップそれから手拭いを持って来た。
「……大丈夫ですか?」
「うむ、大丈夫だ。時間を置けば治る」
「……ルクセリア様、妙に慣れてますねー。コレ、いつからっすか?」
「……さあ。いつからだったか、忘れた」
力なく笑いつつ、息を整えた。
水を飲む気力はないので、手拭いだけを受け取って口元を押さえる。
思いっきり、咳き込んだ。
「俺ら以外に、知っている人は?」
「……おらぬ」
「……ルクセリア様、御身を大切にしてください。ルクセリア様がいなくなれば、この国はどうなると思うんですか?」
「……其方がこの国ことを思うなんて、感動的だな」
「茶化さないでください」
顔を曇らせていて、本当に心の底から私を心配してくれているようだ。
その横にいたギルバートも、トミーと同じ表情だった。
「……大丈夫。体が少々怠いだけ。ふふふ……余も、重責に恐る唯の人ということよ」
……一応、嘘は言っていない。
国政を担うことで背負う民の命の重さを、これから私が行動することで奪う命の重さを考えれば、胃が重くなることは本当だ。
「二人とも、退出せよ。……大丈夫、寝れば良くなる」
……でも、私のこの症状の原因はそれじゃない。
魔力回路の欠損。
結局、昔アリシアを助けた後から、それが完全に治ることはなかった。
魔法は使えるが、使えばこの通り。
大人になるまで魔法を使わなければ、自然と治る……筈だったのだけど、結局大人になるまでに何度も使う羽目になったせいで。
例えば、トミーを筆頭に暗殺をしに来た面々を撃退する時だとか。
例えば、ギルバートを筆頭に私の陣営に人材を引き入れる時だとか。
流石に宝剣を出す無茶はしていないけれども、積もり積もった心域の使用が、確実に私の体を蝕んでいた。
「ですが……」
「本当に、大丈夫だ。きっと、結婚式を前に緊張が高まっているだけであろう。結婚式が終わっても続くようであれば……ちゃんと、医者に診せる」
でも、その真実を彼らに悟られる訳にはいかない。
これからの作戦は、宝剣の力を使うことありきに考えているから。
彼らが真実を知れば、優しい彼らは宝剣を使うことを反対するだろう。
でも、私は止まるつもりはない。
彼らに、邪魔をされる訳にもいかない。
彼らが快く支援できるよう、黙っていることが一番だ。
「……分かりました。ですが、結婚式前でも俺たちが今の発作を見たら、すぐに医者を連れて来ますよ」
「うむ」
了承したトミーに、ギルバートが咎めるような視線を向けた。
「これ以上ごねて、『医者に連れて行く』っていう俺の条件すらなかったことにされる方が困る。先生なら、ルクセリア様の頑固さは知っているでしょう?」
「……分かりました。ルクセリア様、体にはくれぐれも気をつけてください」
そうして名残惜しげに退出する二人を、私は静かに見送った。
二人の姿が完全に見えなくなってから、私は視線を窓に向ける。
……良かった。
彼らに具合が悪いと悟られたのが、今で。
これから先、具合が悪い姿を見られても……きっと、今と同じ症状だと思ってくれるだろうから。
私はそんなことを思いながら、ずっと真っ黒な世界を見つめていた。




