王女と見習い侍女
安心したところで、私はジッと彼女を見る。
……おかしい。
私の魔法が、彼女に対して発動しない。
「……それで、貴女は誰から私に仕えるように言われたの?」
「えっと、王さま。……です」
「お父様が? 一体、どうして貴女を……」
……口調や格好から察するに、彼女は恐らく貴族の子女ではない。
だから『危険に遭っても良い』と、お父様は彼女を私の侍女に抜擢した?
そこまで考えて、その考えを自ら否定する。
……まさかあの優しいお父様が、そんな非情な命令を下す筈がないだろう……と。
むしろ彼女も何らかの魔法が使えて、そのおかげで、『私の魔法が、彼女に対しては発動しない』ということを察して命じた、という方が可能性は高い。
「えっと……王さまは、『アリシアの魔力が、人より多いから』と言ってる、ました。それから、『身寄りがないから、ずっとルクセリアの側にいることもできる』と」
「ああ……やっぱり。でも、申し訳ないけれども、ここで貴女を雇うことはできないわ。王宮に戻ってちょうだい」
「な、何でですか? 仕事がなくなっちゃうと、困るです!」
「お父様には、便宜を図るように伝えるわ。仕事が欲しいなら、王宮で雇うようにと」
「……それは無理、です」
「無理? 無理って一体どう言う……」
「……。塔で勤めることを伝えたら、娘はきっとこう言う筈だ。『お父様には、便宜を図るように伝えるわ。仕事が欲しいなら、王宮で雇うようにと』とな。……だが、こればかりは幾ら娘の頼みでも聞けない。何故なら私は、娘にとって君が必要だと思っている。だからもし、娘が私の予想通りの言動をしたら、私の言葉を一字一句違わずに言って欲しい。『私はアリシアを塔以外で雇うつもりはない』とね。……と、王さまが言ってる、ました」
急にスラスラ言葉が出てくるな、と思ったらお父様の言葉か。
と、言うか……。
「……貴女それ……今、お父様の言葉を一字一句違わずに言ったの?」
「? そう、です」
急に流暢に話したかと思えば、まさかのお父様の言葉。
一字一句間違えずに話したのだとしたら、凄まじい記憶力だ。
けれどもどうやら本人、それがどれだけ凄いのか分かっていないようだ。
首を傾げて、可愛らしい……じゃなかった。今はそれどころではない。
「勿体ない……それ程の記憶力があるのに、貴女を王宮で雇わないと言うなんて。その才能があれば、十分他でもやっていけるわ。……むしろ、大きくなって、何かその才能を活かせる職に就いた方が絶対良い」
「それは困る、ます。生活するのには、お金が必要です。……ご主人様が言う『才能を活かせる職に就く』ことができるのは、いつ? ……ですか」
暫く、彼女と見つめ合った。
困った表情を浮かべながらも、その瞳に映るのは期待の光。……ダメだ、彼女に引く気はなさそうだ。
私は、そっと息を吐く。
「……正直に、貴女を雇いたくない理由を言うわ。そうしたら、貴女は自分から辞退してくれると思う。私の魔法……『心域』はね、『他人の心に作用する』ものなの」
「他人の心に作用する、もの?」
「そう。私には生まれた時から、いつも『声』が聞こえていた。それは、その人が口に出していない筈の『心の声』」
最初は、まさかそれが自分の魔法だとは思わなかった。
むしろ、この世界の誰もができることだと思っていたのだ。
……生まれたその時から、当たり前のようにできたことだったから。
それに丁度その頃は、生まれ変わったことに頭がついていけなくて、『声』のことなんて深く考えている余裕もなかった。
……まさか、魔法だったとは。
「それが聞こえることは、当たり前のことだと思ってた。……だから、ポロリとお母様の考えていることを言い当ててしまったの。それも、一度だけではなく、何度も」
流石に一度目は『随分と勘の鋭い子だな』と、追求してこなかったけれども……何度も会話を繰り広げてしまえば、それはもう偶然ではない。
結果、私の扱える魔法が判明したのだ。
「私の魔法が判明してから、使用人たちとの関係はギクシャクしてしまったわ。だって、近づけば、隠したいことも言いたくないことも全て『心の声』として聞いてしまうのだもの。薄気味悪い力だと忌避されても、仕方のないことね」
「王さまも、お妃さまも?」
「いいえ……ありがたいことに、二人は私のことを愛してくれているわ。私の魔法を怖がっていても、それでも……ね」
私には、『心の声』が聞こえる。
だから、お父様とお母様の心の声も当然聞こえていた。
二人が、私の魔法を恐れていたことは事実。
けれども、それでも二人の心の声は『愛している』と囁いてくれていた。
それが何とありがたく、嬉しいことか。
「なら、どうして王さまとお妃さまと離れて暮らしているですか?」
「……想像してみて。ずっと、聞きたくもない他人の本音が聴こえてくるその騒がしさを。たとえ実質それが幽閉だとしても、隔離された場所に身を置く方が、気が楽だわ」
それに前世の記憶がある分、傅かれて生活をするのは、どうしても慣れない。
だから、塔での幽閉は渡りに船だった。
「だから、塔に独りで住むますと思ったの……ですか? 私を、雇うのも無理ですか?」
「ええ、そう。そうよ」
「でもルクセリア様、私の『心の声』は聞こえてないです?」
鋭い指摘に、一瞬固まった。
……ダメだ。この反応じゃ、彼女の言ったことを認めていることと同じだ。
「どうしてそう思ったの?」
「だってルクセリア様、驚きますた。私が王さまから告げられていた言葉を伝えたときに。私、『王様の予想と同じこと言ってる』って、王様の言葉を思い浮かべています……た」
……誤魔化せない、か。
それにしても、よく気がついたな。
「ええ、そう。何故か、貴女の心の声は聞こえない。……逆に、私が理由を聞きたいわ」
「理由? えっと……」
「貴女の魔法は、何?」
「んーと、私の魔法は『矛盾』。結界で身を守ったり、結界で攻撃をしたり。でも、ずっとは魔法を使ってないです」
「結界を作ることができる人にも会ったことはあるけれども、彼は私の魔法を防げなかったわ。………ねえ、アリシア。貴女、魔力を放出してみてくれない?」
「は? え、良いんですか?」
そう言っている彼女自身が、魔力を解放することを嫌がっているようだ。
「ええ、許可するわ。というより、私がお願いしているんだもの」
そんな彼女の背を押すように、畳み掛けた。