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悪徳女王の心得  作者: 澪亜
第一章
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人形姫と謀

夜中……書斎で一人書類を眺めていたら、ふと気配を感じて顔を上げる。


瞬間、音もなく彼が書き物机を挟んで反対側に現れた。


「……何用か?」


「少々渡したいものがありまして」


私は彼から渡された書類の束に、ザッと目を通す。


「……面白い報告書だ」


「やっぱり、興味をお持ちになりましたか」


読み終えて、つい笑みがこぼれた。


「うむ……処罰の厳格化ではなく、如何に未然に防ぐか、か。この報告書そのものだと、現実化は難しいが……考えた者は、とても素晴らしい」


案の内容は、治安の向上の方策。


軍機構とは別に、独立した専門の治安を維持する為の部署を作るべきであること。


また、その機関は貴族のみならず市民の身の安全を守るために結成されるべきであること。


……要約すると、そんな内容だ。


現在の治安維持は、国軍が担っている。

それ自体は、問題ではない。


ただ……国軍は、国外の脅威を払うための国防を主な目的とした組織だ。

そのため、どうしても国内の治安維持となると、余程大きな事件でもない限り動かすことが難しい。


そうした背景から、国内の治安維持に特化した組織を設立することは議論すべきことだろう。……上手くいけば、犯罪発生率が低くなる可能性もある。


また軍籍者をも取り締まるという観点からも、独立した組織を設立するというのは面白い。


……けれども私が何より面白いと思ったのは、市民の身の保全を言及していることだった。


例えば王族であれば近衛騎士に、貴族であれば彼らが雇う私兵に身を守らせている。

国民一人一人の身を守ることは物理的に難しいことではあろうが……軍事的のみならず、市民の生活に直結するような事件からも国民を守るという観点でも、この案は非常に魅力的だ。


「……この報告を書いていたのは、どのような者か」


「軍務局にいる、ブライアンという男です」


「ふむ……軍務局での評判は?」


「優秀ですよ。但し、これらの報告書は全て上に握り潰されていたようですが」


「……それは何故(なにゆえ)か」


「よくある話です。ブライアンは、五大侯爵家になんの縁もゆかりもない。対して、彼の上司は五大侯爵家の分家の分家にあたる家の男。……有り体に言えば、出る杭は打たれるっていうところでしょうか」


王宮の官僚になる為のルートは、二つ。

一つは、試験の合格。

もう一つは、既に王宮内で一定の地位を持つ者からの推薦。

大体割合としては、前者が六割・後者が四割といったところか。


「む……よくある話なんぞと言ってはならぬ。推薦されて官僚となった者にも、素晴らしい者はいる」


元々推薦は、専門知識を身につけた者たちに官僚として一定の地位を与えるためにできた制度だ。


王宮内で一定の地位を持つ者が、己の職務を全うするのに『必要』だと思った人材を取り入れるため。


時代が移り変わり、有力な貴族が自身の縁故に官僚の地位を与える為に推薦することが多発したが……そもそも有力な貴族は、それ相応の教養を身につけているので、大きな問題にならなかったのだ。


実際歴史を紐解くと、推薦で官僚となった人の中に、その有能さで名を残している人もいる。


「だが……その話を聞くと、その上司の仕事ぶりの方が気になる。すぐにどうこうするつもりはないが、一応要監視で」


「分かりました。……この、ブライアンは?」


「うむ……まずは、ギルバート・マホガードにこの報告書を見せろ。『適切に処理せよ』と伝えれば、万事彼が対応するであろう」


「いつものパターンですね。承知しました」


「それにしても、其方……よくぞ、こんな資料を見つけて来たな」


「ああ……ちょっと暇していたんで、また王宮内を彷徨いていた……って訳ですよ」


「ちょっと彷徨くだけで見つけ出すあたり、流石だ。……だが、この前依頼したことは?」


「ああ……期限一週間でルクセリア様に提出した素案を、ルクセリア様が直して、領で更に内容確認の上修正……というのを繰り返している件ですよね? 現在、まだ向こうが作業中です。それもあって、暇なんですよねー」


「そうか。……そろそろ戻って、作業の進捗具合を見ておくように」


「承知しました」


「……ああ、それと。これも、調べておけ」


「ルビー? へえ……スレイド侯爵領でルビーが産出されていると、スレイド侯爵家のご令嬢が仰ったんですか? 面白いですねー……確か、そんな報告……」


「うむ。そんな報告は、国に上がっておらぬ。単純に、税を納めたくがない為に隠匿しているのか……それとも、どこからか提供されているか。そのどちらかであろうな」


「ははは……いずれにせよ、調査の難易度は高そうですね」


「其方なら、余裕であろ?」


そう問いかければ、彼は笑みを浮かべた。

自信満々で、不遜な笑みを。


「そんな風に焚き付けられちゃ、やるしかないですね……分かりましたよ」


「……ああ、そう言えば其方が育てたポルムは美味であったぞ。トミー」


「ああ……アリシアが取って行ったやつですね。鬼気迫る勢いで追いかけてきたんで、怖くて仕方なかったですよ」


「やっぱりそうか……ふふふ、すまぬな」


「姫様が謝ることじゃないですよ。それじゃ、失礼します」


彼は頭を下げると、音もなくその場から消えて行った。


……相変わらず、気配を消すのが上手いこと。

先ほどまで彼がいた場所を見つつ、思わず笑った。


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