人形姫と赦し
茶会が終わると、すぐにフリージアに手伝って貰いつつ着替えた。
それが終わると同時に、体の内に溜まった疲れを出すように深く息を吐く。
……本当に、疲れた。
行儀は悪いが、体を預けるようにカウチに寝そべる。
そうして、静かな空間に心地良さを感じつつのんびりしていると、扉からノック音が聞こえてきた。
「……失礼致します」
入って来たのは、アリシアだ。
「先程はお役目を果たせず、大変申し訳ございませんでした……」
妙に元気がないな……と思ったけれども、茶会で途中フリージアと交代したことを気にしていたのか。
確かに任された役目を勤め上げることができなかったのだから、本来であれば怒ることだろう。
けれどもこの場面で怒りが湧き上がるどころか、落ち込んでいる彼女を心配してしまうのだから、私も彼女には本当に甘い。
……それどころか、その落ち込んでいる姿が小動物のようで可愛いらしいとすら思ってしまっている。
「気にしなくて良いわ。私の采配ミスだもの。まさか彼女たちがあのような暴挙に出るとは思ってもみなかったから……。むしろ、不快なものを見せてしまって申し訳ないわ。魔力を暴発させてしまったのでしょう?体は大丈夫?」
私の中で今回のお茶会は、優先度の低いものだった。
王族の茶会はシーズン毎の恒例行事のようなものだから、一度も開かない訳にはいかないよな……ぐらいの、軽い気持ち。
他の優先すべきことにばかり目がいっていて、完全に準備を怠っていた。
そんな自分の甘さを反省こそすれ、彼女の失態を責めるつもりは全くない。
「私は大丈夫です。……ですが、許せませんっ!ルクセリア様に対して……あまりにも、あまりにも失礼ではありませんか!」
意識が彼女たちの方に向いたのか、アリシアの瞳には怒りの炎が灯った。
荒々しくて、今にも爆発してしまいそうなほどのそれ。
それと同時に、彼女から濃密な魔力が漏れ出した。
……まだ、怒りは収まってなかったか。
「……良いのよ。彼女たちの言動には、私、怒りを覚えていないもの」
アリシアは、呆然と私を見る。
その表情には『何故?』という疑問符が、ありありと浮かんでいるような気がした。
その問いに対して、上手く言葉にできなくて笑みを返す。
……確かに、五大侯爵家の令嬢のやり方には思うところはあった。
それは、お茶会の雰囲気をぶち壊したこともそうだし、何よりあの場に来た他の人たちまで五大侯爵家と王家の確執に強制的に巻き込んだことに。
けれども、それと同時に思った。
あんなに敵意を剥き出しにして……王宮の狸や狐よりもずっと可愛らしいわ、と。
「……本当に、彼女は可愛らしいわね。私、とっても羨ましいわ」
その中でも特に可愛いと思ったのは、勿論バーバラ。
つい、話の流れで思わず口にしてしまった本音。
「何を以って可愛いという形容詞がつくのか、私には理解できません」
けれども私のその感想に、アリシアは冷めた声色で返す。
そんな彼女の反応に、私はつい笑ってしまった。
「そうね。貴女の方が、可愛らしいもの」
「い、今はそのような話では……」
「貴女も、バーバラも素直。でも、私ったらダメね。全然ダメだわ。貴女と彼女を比較するなんて。……貴女と彼女は全然違うのに。だって貴女は純粋に裏表がない素直さなのに、彼女は自分の欲望に素直というだけなのだもの。どちらも分かり易いという点では同じだけれども、私は貴女の方が何百倍も可愛らしいと思うわ」
「ルクセリア様……」
「……私は、素直になれない。いいえ、素直になることが許されない」
自分の思うままに動けたら……思いのまま言葉を紡ぐことができたら、どれだけ幸せだろう。
けれども、それは許されない。
王族だというのに……否、王族だからこそ。
そうするだけの力が、私にはまだないから。
「是非、どんどんルクセリア様の思いの丈をぶつけてくださいませ。私、どんなことでもルクセリア様のお力になりたいと思っております……!」
つい、必死に言い募る彼女の様に笑いが漏れる。
「あら……そんなことを言われてしまったら、貴女がもうお腹いっぱいと言っても、私は愚痴を言ってしまうわよ?」
「まあ……それは私にとって、幸せな事ですわ」
「そんな貴女が側にいてくれるから……だから、私は大丈夫なのよ」
私の牽制の言葉に、けれども、どんと来い! と言わんばかりに胸を張った彼女に、私はつい声をあげて笑ってしまった。




