人形姫と寵姫 2
「弁えなさい。貴女に招待状は届いていないのでしょう?」
私の代わりに、参加者から次々と非難の声があがった。
その言葉に、彼女は震えている。
……この庇護欲を掻き立てる姿が、男性にとって『守ってあげたい』と思わせるのだろうか。
「あら、良いのではなくて?」
そんな非難の声を止めるように、メラニアが立ち上がって言葉を発した。
「だって、貴女『も』いずれは王宮に『住む』のでしょう?ならば、今から皆様と仲を深めた方が良いと思いますもの」
……そういうことか、と笑い出しそうになった。
「私もそう思いますわ。バーバラ様と、もっと仲良くなりたいですし」
「そうですわね。『彼』との馴れ初めも聞きたいですし」
次々と、バーバラを擁護する声が五大侯爵家のご令嬢を中心にあがる。
これは、私を貶めるための仕掛け。
『貴女もいずれは王宮に住む』……つまり、ヴィルヘルムの愛妾として王宮に居座ることを指しているのだ。
バーバラと『彼』の馴れ初めは、バーバラとヴィルヘルムの馴れ初め。
……間違っても、ヴィルヘルムとの結婚を二ヶ月前に控えた私の前で、話すことではない。
きっと、バーバラにこの茶会を知らせたのも彼女たちだ。
……だからこそ、バーバラもこのような暴挙に出たのだろう。
五大侯爵家の中で、この企みに参加したのは三人。
残り二人は知っていて静観していたのか、それとも密かに肩入れしているのか……とにかく、バーバラが参加することについて特段何も言わない。
静観する二人と、バーバラを擁護する三人。
つまり、擁護が優位か。
「まあまあ……折角来てくれたのだもの。バーバラ様も是非、参加してらして。アリシア、追加の茶器の準備を」
……五大侯爵家と王家の力関係は、こんなものだ。
不敬罪という札を私は持っているものの、三つの侯爵家にそっぽを向かれてしまえば、今の国の状態では国が立ち行かなくなる。
複数の家が意見を一致させてしまえば、王家でもそれは覆せない。
つまり、私に釘を刺したのだ……たとえ王位を継いだとしても、五大侯爵家に刃向かうな、と。
これが家そのものの意思なのか、それとも彼女たちの独断なのか……それは、分からない。
分からないけれども、王女という立場が五大侯爵家の前ではこんなにも脆いものだということは確かだ。
普通に考えれば、王女の立場から言えば屈辱でしかない状況。
……とは言え私個人としては、バーバラの存在には思うところがあるものの、特段彼女の暴挙は気にしていないというのが本音。
むしろ五大侯爵家に担がれているとはいえ、よくぞこんな暴挙に出ることができたなと感心するほどだ。
いざとなったら男爵家の出身のバーバラ程度では簡単に彼女たちに切り捨てられるだろうに。
けれども控えているアリシアは、既に怒気を発していた。
まだ魔力こそ暴発させていないけれども、いつ魔力が暴発するか分からない……そんな状況だ。
まさか、この場で『落ち着いて』と声をかける訳にもいかないし……どうしたものか。
一旦この場から離れるように仕向けたけれども、戻ってきたらどうなるか分からない。
「それで、バーバラ様。彼との馴れ初めは?」
チラリと私を見る仕草に、相当な悪意を感じた。
「ええっと……」
「あら、勿体ぶらないで。私たちも、ステキな恋愛をしたいもの」
「ある夜会で、偶然お目にかかりましたの。実は、私と彼には共通の知人がいまして……それでその日、私がその知り合いの方と話していたところで、彼が私に挨拶をしてくださいましたの。……それから彼がダンスを申し込んでくれました。ダンスが終わった後も、二人で話をしていたら、話が弾んで……」
「まあ……それは、運命的ですわね」
バーバラに不敬罪を言い渡したところで、何の収穫もない。
そもそも『彼』をヴィルヘルムと言葉にしない辺り、言い逃れをする余地を残しているのだ。
これで私が彼女に不敬罪を言い渡したとしても、あらぬ疑いをかけた……と、彼女たちが口撃する格好のネタを提供するだけ。
「ルクセリア様も、そう思いませんこと?」
私はメラニアの言葉に、ただただ微笑んだ。
「私は恋愛を許されぬ身ですから。ですが、まるで物語のような話ですわね」
そんな会話を繰り広げているうちに、茶器を持ったフリージアが現れた。
……察するに、アリシアは向こうで魔力を暴発させて、その結果フリージアが急遽代打で来た……と言ったところだろう。
「バーバラ様は、本当にその男性を好きなのですね」
私はアリシアの今の状態を思い浮かべて、つい苦笑いをしつつ口を開いた。
「はい!ですので、認めていただきたく思います」
「まあ……認める、とは?まさか、お父様に認めていただいていないのですか?」
「いえ、そういうことではなく……あの……」
試すように、敢えて彼女に意地悪な質問をした。
彼女は言葉を詰まらせつつも、顔を赤らめてチラチラと伺うように私に視線をよこしている。
良い意味で予想が外れなかったことに、思わず笑みがこぼれた。
「……羨ましいですわね」
「え?」
どうやら、近くにいたバーバラにだけ聞こえたらしい。
他の皆は場が白けることを恐れてか、会話を途切れさせないようにすることだけに集中して神経を張り詰めているようで、こちらの会話は聴こえていなかったようだ。
「何でもありませんわ」
その後、侯爵家の令嬢たちからの追撃は特に無いままお茶会は終わった。
……無事とは言い難い会だったけれども、良しとしよう。