人形姫とご挨拶
本日3話目の更新です
……結婚式まで、あと二ヶ月になった。
「ルクセリア様、飲み物のお代わりはいかがですか?」
その筈なのに、全く何も変わらない。
生活も、環境も、本当に何もかも。
とても結婚式の日が近づいているとは、思えないほどだ。
「いただくわ」
私はのんびりと、アリシアを連れて中庭でお茶を飲んでいる。
結婚式に向けた準備の騒ぎも、流石に王族が住まう奥宮までは響かない。
おかげで静かな環境の中で、ゆっくりとお茶を楽しめている。
アリシアが焼いたクッキーに手を伸ばした。
さくさくとした食感が楽しい。
「んー!!美味しい!!……砂糖を少なくしているけど、代わりに果物の甘みがよく活きているわ」
それぞれにアリシア手製のジャムが乗っていて、クッキー毎に味が違う。
そのどれもが、お店で出されていてもおかしくないレベルの美味しさだ。
「ありがとうございます。その果物、トミーが育てたものなんですよ」
「あら……宮中で?」
「はい。以前ルクセリア様から賜った温室で、様々なものを栽培しているのだとか。主には薬草ですが、果物の中には薬効のあるものもございますので」
「へえ……でも、よく譲ってくれたわね?」
「最初は、中々譲ってくれなかったですよ。でも、ルクセリア様にどうしても味わっていただきたくって……ここ三日ほど追いかけ回していたら、根負けしてくれました」
「そ、そう……」
……後でトミーにもこのクッキーをお裾分けしてあげよう。そう、心に誓った。
それにしても、トミーが根負けするまでよくぞ彼を追いかけ回す事ができたなと感心してしまう。
市場に行ったと聞いた時も思ったけれども、アリシアは瞬間移動ができるのだろうか?
一応この世界の魔法には、瞬間移動の類のそれはない筈なのだけど……。
「その赤いジャムは、ククルです。疲労回復に良いらしいですよ」
「あら……なら、貴女が食べた方が良いのでは?」
ここ最近、私の婚姻が近づくにつれて益々アリシアは忙しなく働いている。
休憩を取れと言っても聞かないので、強制的に取らせている程だ。
「お気遣い、ありがとうございます。でも、私は丈夫だけが取り柄なんで」
「そう……?」
「はい。それにこれは、ルクセリア様のために作ったものですし!……私のことより、ルクセリア様ですよ。結婚式まであと二ヶ月ですから、体調を万全に整えないと」
「ああ……そうね。そうだったわ」
いかんせん、全く実感が湧かない。
相手のヴィルヘルムも王都に来ているが、あの夜会以来顔も見ていないし。
私が……会いに来てくれないことに憤るのも勝手な話か。
「そういえば……今日、結婚式のドレスのことで、デザイナーが参ります」
「あら、『また』?」
「ええ、『また』です。細かな直しをしたい、と」
暗に面倒だと言ったのに、アリシアはまったく動じない。
むしろ彼女の静かな圧力に、簡単に負けてしまった。
「……そう。まあ、他のスケジュールと重なっていないのなら良いわ」
「ありがとうございます」
ここ最近、私の結婚式に対するアリシアの情熱は更に燃えていた。
最早、逃げることも許してくれない。
……そろそろ流石に私も準備に参加しなければならない、とは思っていたけれども。
「……おや、そこにいるのはルクセリア王女殿下ではありませんか」
廊下を歩いていた人物に、声をかけられた。
「ダグラス殿。貴方が奥宮まで来るのは、珍しいですね」
ダグラス・オルコット侯爵。
オルコット侯爵家は五大侯爵家の一つであり、最も王宮近くに領地を持っている。
ダグラスはそのオルコット家の当主であり、当主とはかくあるべしともいうような威厳を滲み出している風貌だ。
「ええ。王女殿下にご挨拶を、と思いまして」
「……何故、今になって?」
「私も色々忙しくしておりまして。それに何より、私が王都入りした時には、王女殿下も忙しくしている様子でしたので」
聞く人によっては、私と彼の会話は嫌味の応酬だろう。
『挨拶って今更?』という私の問いに対して、『人形姫でも忙しいのだから、侯爵家当主の私はもっと忙しいんですよ』という痛烈な返し。
現に、隣のアリシアは険しい表情を浮かべていた。
「そう……元気そうで、何よりだわ」
「王女殿下も。……それにしても、側に置く者は厳選するべきだと、あれ程申した筈ですが」
チラリとアリシアを見ながら、彼は呟く。
「まあ……お気遣い、痛み入りますわ。でも、大丈夫ですよ。私の側にいてくれる人たちは皆とても素晴らしい人ですもの」
ジッと、僅かに目を細めて彼を睨んだ。
「ははは……まあ、貴女が宜しければそれで良いです。出過ぎた真似、失礼致しました」
「良いのよ。……忙しい中、折角来てくれたのだから。王都を堪能していってね」
「ええ。こちらこそ、お気遣いいただきましてありがとうございます」
ダグラスは頭を下げると、颯爽と去って行った。
「……申し訳ございません、ルクセリア様」
彼の姿が見えなくなったところで、アリシアが申し訳なさそうに頭を下げる。
「良いのよ。彼、貴女を非難していた訳じゃないから」
「ですが……」
「本当に、気にしなくて良いのよ。そんなことより、お茶をもう一杯いただけるかしら?少し、肌寒くて……」
「でしたら、室内に移動されますか?」
「いいえ。もう少し、ここで景色を眺めていたいの」
「でしたらお茶のお代わりと、肩掛けをお持ちします。少々お待ち下さいませ」
「……ホラ、ね」
私の言葉に、アリシアは手を止めて首を傾げる。
「アリシアは、私のことをこんなにも気遣ってくれるのだもの。そんな貴女だからこそ、私は側にいて欲しいの」
「……〜ルクセリア様っ!私、すぐに……すぐにお持ちしますから!」
嬉しそうな笑みを浮かべて、アリシアはパタパタと走り去って行った。
まとめ
五大侯爵
1.スレイド侯爵
2.ラダフォード侯爵……ルクセリアの婚約者の実家
3.オルコット侯爵
4.?
5.?




