人形姫と隠密 2
本日更新2話目です
「それはそうでしょうね。……でも、そもそもルクセリア様の要求水準を満たすことは難しいんじゃないですかね?」
「自分では、其方が言うほど厳しくないと思っているが。……まあ逆に言えば、よくぞこの状態で、ここまで保たすことができたな。今までだとて、全く仕事がなかった訳ではないであろうに」
「そこは、まあ……ホラ、有能な人がちょちょちょいと業務を回していたんでしょう」
「否定はせん。おかげで、思わぬ拾い物ができた。ただ……できる人だけに仕事を任せて、その人がいなくなったらどうするというのか。組織に真に必要なことは『その者にしかできない仕事を減らす』こと。そういう意味では、本当の意味で組織に役立っている者はいないということになる」
「ははは……相変わらず、貴女様の審査は厳しい」
渡された紙の一部を抜き出し、書き物机から羽ペンを取り出して書き込みをしたその紙を、彼に見せる。
「この上書きしたメンバーを仲間に引き入れることは論外。後は、この報告の内容をもっとよく確認してから指示を出す。彼らにそう伝えるが良い。ああ、ノーマンにもこれを見せよ」
「承知しました」
「彼らに頼んでいたもう一つの仕事は?」
「それはまだ整理中とのことです」
「そうか……。だが、なるべく早く見たい。……そう、後一週間。一週間以内に、領政を維持するのに必要な最低限の業務を余に報告させよ。途中でも、良い」
「畏まりました。そのように、伝えておきます」
「頼む。……ふふふ、時間が幾らあっても足りぬわ」
「あまりそうは見えないですけどね……」
ポツリと呟かれた言葉に、思わず笑った。
「そうか?……其方ほどの者を騙すことができるとは、余もなかなかであろう」
「本当に、そう思いますよ。綺麗な綺麗な、飾りものの人形姫。まさかその人形姫が、こんな裏の顔を持つなどと……誰が思うんでしょうね」
「ふふふ……皆のお陰であろう。字名がこうも役に立つとは、な。『名は体を表す』とはよく言うが、おかげさまで何の苦労もせずに余は自分を隠すことができる」
王族が国政のために何らかの動きをみせたら、必ず注目が集まる。
国のトップが動くということは、それこそそれだけ大きな事案だからだ。
けれども、私には全く注目が集まらない。
……人形姫という、忌むべき字名のおかげで。
誰もが、人形姫という字名が持つイメージに踊らされている。
「イメージ戦略が必要ないですからね。まさか、あの人形姫がこうして裏で包囲網を築いているとは露とも思わないでしょ。俺も、貴女様の子飼いになってなければ、そんなこと認識してないですよ」
「……そうしてまた、余の暗殺任務を請け負うか?」
「『人形姫』が相手ならば、そうしたでしょうね」
「ならば其方は結局、余の子飼いになっていたということよ」
その様を思い浮かべて、思わず笑ってしまった。
「……いやぁ、本当に思わないですよ。姫様は人形姫というより……リリラリスの名が似合うんじゃないですか?」
リリラリス……それは薄黄色の、優美な花。
けれどもその見た目とは裏腹に、根は少しでも口にしたらあっという間に死ぬほどの猛毒を持っている恐ろしい花だ。
「リリラリスに喩えるとは……酷いぞ、酷い。全くその通り過ぎて、否定ができぬ」
私の応えに、彼は笑い出した。
隠密が、こんなに感情を表に出して良いのかしら?
……なんて思ったけれども、私にとって今の彼の方が話していて楽しいから、良しとする。
「貴女様は、その毒をいつまでアリシアに隠しておくんですか?」
どこかからかいが含んだ物言いに、けれども私はつい笑う。
「……いずれ、あの子も知ることになるであろうな」
私の答えが余程意外だったのか、一瞬顔を崩していた。
その様に、益々笑いが止まらなくなる。
「……そこは、意地でも隠し通すのかと」
「そんなつもりは、ない。今は見せる必要がないから、見せぬだけ。無理に隠すつもりもない。……そんなに意外だったか?」
「ええ、まあ。……良いんですか?美味しいアリシアちゃんのスイーツが食べられなくなっても。それとも毒を曝け出したとしても、彼女が離れていかないと?」
「さあ……分からない。だが……離れて行っても、仕方のないことであろう」
「益々意外ですね。……あんなに寵愛しているというのに」
「ふふふ……そう思うであろうよ」
反射的に、遠くを見た。
……ずっと、ずっと昔のことを思い出しながら。
「……降参です。どんなに頑張っても、姫様の心の内を覗き込むことはできなさそうだ。というわけで、そろそろ私は退散します」
「うむ、ご苦労」
瞬間、音もなく彼は消えた。
まるで初めから室内には私一人だったかのように、何の痕跡も残さないで。
急に静かになった室内は、先程までよりも広く感じられる。
とは言っても、そもそも前世の自室とは比較にならないほど広いのだけど。
「ルクセリア様、お待たせ致しましたー!!」
そんな静寂を壊すように、アリシアが元気よく入って来た。
「待っていたわ。ささ、貴女の美味しいお菓子を頂戴」
「喜んで!」
そして私は私室に移動すると、彼女お手製のお菓子を堪能したのだった。




