人形姫と隠密
「……そこに、いるのであろう?」
ポツリ、書斎で私は呟く。
その瞬間、誰もいなかったそこに男が一人現れた。
「流石、ルクセリア様。相変わらず、気配を読むことに長けていらっしゃることで」
呆れたように呟きつつ苦笑いを浮かべる彼に向けて、小さく笑う。
「ふふ……気がつくのが遅い、と言われるかと思ったが」
「そんなことありませんよ。むしろ毎回気づかれて、自分の技量が心配になるんですけど。……とはいえ、確かにいつもよりは気づくのが遅かったですね?」
「……パーティーで、少し疲れた」
「ああ……お疲れ様です。改めましょうか?」
「否。其方の報告は、早く聞きたい」
「ありがとうございます。……アリシアは?」
「さっきまで着ていた舞踏会用のドレスを、片付けている。『甘い菓子を食べたい』と伝えてあるから、そのまま調理室に向かって暫く戻って来ることはないであろう」
「そうですか。それは準備が良いことで」
「別に、準備なんぞしておらん。そろそろ其方が私のもとに来るとは思っていたが……それ以上に、単に余がアリシアのお菓子を食べたかっただけ」
「ルクセリア様は本当にアリシアのお菓子が好きですよね。王女も虜にする腕前……是非とも俺も一度、食べてみたいもんです」
「ふふふ……それなら、本人にお願いすると良い。本当に、美味しいぞ?」
思い出しただけで、お腹が空いてきた。
まあ……それもそうだろう。
いくら夜会にたくさんのご馳走があっても、引っ切り無しにやって来る招待客たちからの挨拶対応で、私はそれを一切口にすることができなかったのだ。
目の前にご馳走が並んでいるのに、食べられないとなると余計にお腹が空く。
遅い時刻に食べるのはあまりよろしくないが、頑張った自分へのご褒美。
何も言わずとも、私の疲労を見抜いて『いつもより甘めのものを作る』と言ったアリシアは流石だと思う。
「機会があったら、お願いすることにしますよ。それで、こちらをどうぞ」
彼は私に紙の束を差し出した。
私はそれを、ザッと読む。
「ああ、ダメ。全然ダメ」
そう言いながら、つい笑ってしまった。




