同僚侍女と夜会
本日3話目の更新です
「ねえ……ちょっと、派手じゃない?」
ルクセリア様が、鏡に映ったご自身の姿を眺めながら困ったように呟く。
「何を仰っているんですか?とってもお似合いですよ。……ね、フリージア?」
そんなルクセリア様の背を押すように、アリシアが満面の笑みを浮かべつつ私に話題を振ってきた。
私の名前は、フリージア。
アリシアと同じく王宮侍女の役職を賜っている。
普段はルクセリア様のことはアリシア一人が担っているのだけど……流石にパーティー用の正装をアリシア一人では整えることができなかったため、アリシアの補佐として共にルクセリア様の支度をしたのだ。
「ええ、アリシアの言う通り……とても、お似合いです」
アリシアの言う通り、パーティに出るために豪奢な衣装を纏ったルクセリア様は美しい。
真紅のローブ・ア・ラングレース。
布の良さを前面に押し出すかのようにローブ部分に飾りは少なく、代わりに白地のストマッカーには金糸でパールが縫い付けられ、複雑な紋様が描かれている。
ローブ 袖部分に縫い付けられたレースと同じ素材で作られたペティコート。
飾り付けは少ないものの、品の良さがそのドレスからは滲み出ていた。
「そう?ううん……でも、二人がそう言ってくれるなら大丈夫ね」
そのドレスに、全く着せられていない。
むしろ大輪の薔薇の如く、彼女の美しさが咲き誇っていた。
今日は、王族主催のパーティー。
社交シーズンの始まりを知らせると共に、今年は式典にかこつけて集まった貴族たちを歓迎するためのそれ。
……式典を準備する裏方からすれば、式典の準備だけでも忙殺されているのに、何故更にパーティーを……!というのが正直なところだ。
流石のアリシアも、少々疲労がその顔に映っていた。
「準備をありがとう、アリシア。パーティーが終わるまで、貴女は休んでいて良いわよ?」
「それこそ、何を仰いますか。着飾ったルクセリア様を目に焼き付けるチャンスです。一秒たりとも無駄にできません」
「……貴女がそうしたいのなら、それで良いけど」
真顔でズバリと言い切ったアリシアの言葉に、ルクセリア様は苦笑いを浮かべていた。
けれどもすぐにその表情を引き締めると、ルクセリア様は立ち上がって歩き出す。
護衛騎士の手を取り一歩一歩彼女が歩く様を、アリシアは満足げに眺めていた。
「……せっかく姫様がああ仰ってくださったのだから、休めば良いのに。ここ最近、通常業務だけでなくて、このパーティーの準備に追われていたでしょう?」
ルクセリア様の姿が遠くなってから、私は苦笑いと共に呟く。
「んー……ルクセリア様のお姿見たら、疲れは吹き飛んじゃった。さっきルクセリア様にも言った通り、折角のルクセリア様の正装だもの……一秒たりとも見逃せないわ!」
「そう言えば、さっきの会話。貴女って、いつも姫様にあんな物言いなの?」
「へ?うん、そうだけど?」
「……そ、そう。貴女が随分と姫様に気に入られているようで良かったわ」
アリシアがルクセリア様を主人として慕っていることは、嫌というほど知っているつもりだったけれども……先ほどのアリシアの言葉には、流石に引いた。
一秒も見逃したくないって……目に焼き付けておくって……どれだけ姫様のことが好きなのよ、と。
もしも私がルクセリア様だったら、即座に距離を置いただろう。
人形姫と呼ばれようとも、ルクセリア様は歴としたこの国の王族。
不敬罪に問われれば、アリシアの首はすぐに吹き飛ぶ。
そんな力関係の中で彼女の物言いを不問にするどころか、平然と受け止めるルクセリア様は殊の外アリシアを気に入っているということだろう。
この従者にしてこの主人あり……漏れ鍋に綴じ蓋というが、良い主従関係が築けているのだから良いかと、私は二人の会話を聞きながら全力で空気に徹していた。
「こうしちゃいられない!早く私も行かなきゃ……!」
走り出しそうになっていたアリシアを、私は慌てて止めた。
「はい、ストップ。王宮内は走ってはいけません」
「あ……ごめん、つい」
私に止められたアリシアは、今度は早歩きでルクセリア様の後を追った。
豪奢なシャンデリアの光が、使用人によって丁寧に磨かれた床を反射してホール中が輝やいている。
壁には、重厚な五色の垂れ幕が垂れ下がっていた。
五色とは、臙脂色・琥珀色・碧色・藍色・紫色。
それは、この国で信仰の対象となっている宝剣を表す色たちだ。
愛は臙脂色・叡智が紫色・誠実は藍色・栄光は碧色そして永遠は琥珀色と、それぞれに色が当て嵌められ、更に紋様が定められている。
ホール内の上手側の中央一段上には、ルクセリア様が座る玉座が置かれていた。
王座はルクセリア様に合わせて女性用に作り直したものが置かれていて、白銀色の布地に色とりどりの刺繍が施されている。
ホール内は、既に多くの来賓客で賑わっていた。
それも当然だ……出席者は皆、王族よりも前……つまり王女であるルクセリア様よりも前に会場に入るのが習わしだからだ。
ルクセリア様が入ったところで、楽団はその手を止めた。
静かになり、多くの視線を集める中でルクセリア様はニコリと微笑んだ。
「本日はようこそ、お越しくださいましたね。今年もまた、誰も欠けることなく皆さんの元気そうなお顔を見ることができて喜ばしい限りです。国家の益々の繁栄と、皆さんと皆さんのご家族のご健勝を祈念し、挨拶と致します」
ルクセリア様の挨拶が終わったところを見計らって、再び音楽が流れ始める。
けれども先ほどのゆったりした曲とは違い、踊るためのアップテンポな曲が流れていた。
いくつかの男女のペアが手を取り合い、中央の空いた場所に出てくる。
最初からペアが決まっているのは、夫婦もしくは社交界を賑わせている男女。
皆、慣れた様子で踊り始めていた。
ルクセリア様は、その様を玉座から眺めている。
そしてその玉座に座るルクセリア様を、アリシアは裏方から眺めていた。
「……こんなところ、よく知っていたわね」
アリシアに連れらて来た私は、小声で呟く。
「うん。前にルクセリア様に教えていただいたんだ。警備の人は、結構知っているみたいだよ」
「それ、王族警護のためでしょう? 一介の使用人が知る訳ないじゃない」
「あれ? でも、私はもう知っている訳だし。ルクセリア様は、私が一人で待機しているのも暇だろうから、仲の良い人なら一緒に来て良いよと仰って下さったわ」
「……一応、この場所のことは墓場まで持っていくわ」
ボソリと呟いた私の言葉は、残念ながらアリシアには届かない。
何故なら既に意識は視線の先にいるルクセリア様に向いていたからだ。
「はぁぁ……素敵。やっぱりあの髪型にして良かった。ドレスに、よく合っているわ」
そう、恍惚としながら呟いていたのだから。
その様を横目で見ていた私は、諦めたように溜息を吐いた。




