人形姫と侍女とお茶 2
本日2話目の更新です
「本日は、ムーンルのファーストフラッシュ、ディンブル、そしてセイロルを準備しております。どちらの銘柄がよろしいでしょうか?」
……お茶なんて飲めれば良いと、茶葉を全く覚える気のなかった彼女を思えば、随分成長したものだと感慨深くなる。
「なら、そのムーンルを」
「畏まりました」
そのまま、彼女は流れるような動きで私の前でお茶を入れ始めた。
「そういえば、ルクセリア様。先程、マホガード先生にお会いしましたよ」
「マホガード先生に聞いたわ。変わらず元気そうで何よりですと言っていたわ」
「む……何だかあまり褒められているような気がしません」
「あら?先生はこの王城にあって稀有な存在だと、褒めてらしたのだと思うわよ。私も、貴女の元気な姿はとても可愛らしいと思うし」
実際、彼女のような真っ直ぐな性格の持ち主は珍しい。
誰もが、常に腹の中を探り合っているような連中ばかりだから。
「ルクセリア様が、そう仰るのならば……」
照れたように、はにかんだような笑みをアリシアは浮かべていた。
そっとそのまま、お茶の入ったカップを私の前に置く。
私はそれを手に取り、口をつけた。
「うん、やっぱりアリシアのお茶が一番美味しいわ。お茶が美味しくなるような、秘密の魔法でも使っているのかしら?」
「そうですね……主人の為に磨いた侍女の技術は、魔法のようなものでしょう。つまりは、ルクセリア様への思いが詰まっているからということです!」
「まあ……アリシアったら」
アリシアの直接的な表現に笑みを漏らしつつ、私はお茶と共にスコーンや小さなサンドウィッチを味わう。
「さて、本日のスイーツのメインはコレです」
そう言いつつ出されたのは、香ばしい匂いがするパイ。
「まあ……良い匂いの正体はコレだったのね。何のパイ?」
「ポルムのパイです。ポルムは温かく調理しても美味しいんですよ」
「へえ……コレがポルム。わあ、美味しそう。パイはアリシアが考案したの?」
フォークでパイを一口サイズに切れば、ふんわりと甘い匂いがした。
中はとろとろ、外はさっくり。
その感触に、思わず頰が緩む。
「そうです。ルクセリア様にお茶の時間を楽しんでいただきたいと、考案したんです。ポルムは昨日の市場で買ってきました」
「……貴女は、私の侍女よね?」
「?はい、そうですが?」
「四六時中、ほぼ私と一緒にいるわよね」
「畏れ多くも、お側に侍る栄誉を預かっておりますので」
「なら、いつ市場に行ったの?」
ほぼ四六時中共にいるから、市場に行っている暇などない筈なのに。
「ルクセリア様への愛がなせる技ですわ」
「……そう」
先ほどは笑って流したけれども、アリシアの私への思いは人間離れをした技まで身につける程なのだろうか。
それ以上は聞けず、私はデザートに集中することにした。
口の中に入れた瞬間広がる、クリームの甘み。
その甘さをくどくなく、むしろ上品なそれに仕立てているのが、ポルムの爽やかな甘さ。
期待通りの美味しさに、手が止まらない。
「はぁぁ……美味しかったわ」
あっという間に、出されたパイは食べ終わってしまった。
「そう言っていただけて、何よりです」
「また腕をあげたんじゃない? そのうち、料理長から調理場に誘いが来るんじゃないかしら?」
私の問いかけに、アリシアは気まずそうに目を逸らす。
「……どうやら、既に誘いがあったようね」
「きっと冗談でしょうけど。……万が一、万万が一本気だったとしても、料理長には悪いですが、ルクセリア様の側からも離れるつもりはありません!」
アリシアの必死な様子に、自然と私はアリシアを近くに呼び寄せて頭を撫でた。
「そうね。貴女がいなくなってしまったら、私が困ってしまうわ。……そういえば、アリシア。市場の様子はどうだった?」
「かなり混み合っていましたね。やっぱりルクセリア様の婚姻が近づいているからでしょう。見世物小屋なんかもあって、とっても明るい雰囲気でしたよ。ただ……人が増えているせいか、ちょっとトラブルも多くなっているようでしたね。警備隊はあっちにこっちにと忙しそうに走り回ってました」
国をあげての大々的な式典を前にして、王都は人が増加傾向にある……と。
治安維持に改善点はありそうだけれども、一先ず機能はしているのだろう。
「そう……楽しそうで何よりだわ」
「ええ、とっても楽しかったですよ!見世物小屋では、魔法使いによる演舞を上演しているんですけど、これがまたまるで夢のようなんです」
「へえ……良いわね。一度、見てみたいわ」
彼女の楽しそうな声色にその光景が頭の中に浮かんで、ついそんな言葉が口から溢れた。
残念ながら、私はこの王城から出たことはない。
というよりも、出られない。
何故なら私は、『人形姫』。
置いておくしか価値がない……けれども、それだけのことに途方も無いほどに価値がある存在。
だからこそ誰もが私の身を案じ、結果、私は王宮と言う名の籠の中に押し込められている。
特に、私の婚約者の実家であるラダフォード侯爵家はその筆頭だ。
逆にラダフォード侯爵家とそしてその家に囲われた私を目障りだと思う存在は、今か今かと私を抹殺しようと手をこまねいている。
それが更に、ラダフォード侯爵家の過保護さに拍車をかけていた。
だから、私は外に出ることができない。
まるで、籠の中の鳥のように。
「いつか、共に観に行きましょう。それまでは、私がルクセリア様の目です」
私のその不自由さを知っているからこそ、アリシアは空き時間を見つけては、あらゆるところに赴いているらしい。
私の目になろう、と。
綺麗な景色を沢山見て貰いたいと、そう笑って言った彼女を忘れられない。
「そういえば、そうだったわね。なら、アリシア。もっと見世物小屋の話を聞きたいわ」
「お任せください!」
それから私は、彼女の口から語られる話に耳を傾けつつ、楽しそうに語る彼女の姿を微笑ましく眺めていた。