人形姫と侍女とお茶
「あら、アリシア。遅かったのね」
アリシアの登場に、無意識に顔が綻ぶ。
慌てて来たのだろう……衣服にこそ乱れはないが、少々アリシアの息はあがっていた。
「遅くなって申し訳ございません。少々粗相をしてしまって……」
「粗相?」
「片付けをしていたら、バケツをひっくり返して服を汚してしまったんです。それで着替えに一旦自室に戻ったら、少し時間がかかってしまって……」
「まあ……アリシアがお掃除?もしかして、また披露宴の会場の片付けをしていたのかしら?」
「うっ……はい、そうです」
「全くアリシア……貴女は常に私の側仕えとして仕事をしているのだから、休めるときに休まないと。貴女が倒れてしまったら、私は困ってしまうわよ」
「ルクセリア様のお側にいるだけで、私は元気になるので大丈夫ですよ! 何より、側仕えとして、やはりルクセリア様の晴れの舞台の準備に少しでも力になりたいので」
拘束時間を考えれば、前世では確実に労働問題に発展する。
一応折を見て彼女に休むように伝えているが……結果は、この通り。
むしろ、何がどうしてなのか、新たな仕事を抱えてくる始末。
そっと、彼女と視線を合わした。
……彼女を見ていると、子犬を思い出す。
彼女に尻尾があったのならば、大いに揺れていることだろう。
その様を思い浮かべて、可愛らしいと思わず笑みが漏れた。
私は手招きして彼女を呼ぶと、屈ませる。
そして少し乱れた髪を整えてやった。
「あ……お見苦しい姿を。申し訳ありません。ありがとうございます」
「ふふふ、良いのよ」
ふと、アリシアの視線が机の上に向く。
そこには、先ほどまで私が読んでいた本が置いてあった。
「ルクセリア様は、そちらの本がお好きですね」
それは、子供向けのお伽話だ。
悪い魔女……黒魔女に囚われ、高い塔の上に住むお姫様の話。
ある日、お姫様のもとに一人の妖精が現れる。
お姫様と妖精はすぐに仲良くなった。
そして妖精はお姫様が黒魔女に囚われていると知ると、お姫様に黙って一人彼女を助けようと黒魔女と対峙するが……結局黒魔女に敗れて、命からがら逃げる羽目にってしまった。
時を同じくして、隣国の王子様が旅の途中で扉のない不思議な塔に興味を持って登ったことでお姫様と出逢う。
王子様は、そのお姫様に一目で恋をした。
涙を流すお姫様に、王子様は問いかける。
『月のような姫。一体どうされたのですか?』と。
お姫様は、王子様に涙ながら答えた。
自分の大切な友人である妖精がどこかにいってしまった、と。
けれども自分はここから出られず探すこともできない、と。
王子様はお姫様の代わりにその妖精を探し出すことを約束し、その場を去った。
王子様はそれから妖精を探し出し、そして妖精から黒魔女の存在を知る。
そして王子様と妖精は力を合わせて黒魔女を倒し、自由になったお姫様と仲睦まじく暮らしましたとさ……そんな、話。
「ふふふ……子どもっぽいわよね」
子ども向けの物語として非常に有名で、国のどこでもこの物語は知られている。
勿論一般家庭は字が読めない者も少なからずいるが、口伝や劇等々あの手この手と様々な方法で伝わっていた。
けれども十六になろうとしている私が、まさか今尚読み続けているとは誰も思わないだろう。
知っているのは、普段から共にいるアリシアぐらいか。
「いいえ、そんなこと! ステキな物語ですよね。女の子なら、誰もが憧れますよ!悪者をやっつけて、お姫様を救い出すヒーローに!」
「あら、アリシアの憧れは王子様なの?前に、女の子の人気はやっぱりお姫様だって聞いたことがあるけど」
「勿論、そんな王子様を捕まえたお姫様も憧れますけど。ルクセリア様はどうなんですか?」
「んー……私は、この妖精さんかしら?お姫様のために単身黒魔女に戦いを挑む彼女は、とても友人思いで素敵だと思うわ。勿論、王子様も妖精さんと同じぐらい好きだけど」
「ルクセリア様の憧れも、お姫様じゃないんですね」
「確かにそうね。……さて、アリシア。ここにある本を後で片付けておいてくれる?それから、貴女のお茶が飲みたいわ」
「畏まりました!まずは、お茶をお、わ、、入れ致しますね」
アリシアは、一旦部屋から出て行く。
そして次に戻ってきたときには、茶器の乗ったカートを押していた。




