侍女と庭師
本日2話目の更新です
私の名前は、アリシア。アリシア・ニコルズ。
念願が叶って、二年前から王宮で侍女として働いている。
「……あら、アリシア。こんなところでどうしたの?貴女が業務中に使用人棟にいるなんて珍しいじゃない」
ふと廊下であった同僚に声をかけられて、足を止めた。
「お疲れ様、フリージア。空き時間に挙式の会場設営のお手伝いをしていたら、服が汚れちゃって……それで着替えに戻ったの」
「空き時間にまで仕事?本当に仕事が好きよね。……こちらとしては会場の設営を手伝ってくれて、助かるけど。もう日もないし」
「お礼なんて……。ルクセリア様の為と思えば、当然のことだもの。……と言っても私は魔法が使えないから、隅っこの方の掃除だとか飾り付けの準備しかできないんだけどね」
この王宮には多くの魔法使いが仕えているけれども、残念ながら私は魔法が使えない。
否……正確には魔力はあるのだけど、それを魔法として使うことができないのだ。
「あら、そういった作業こそ人手がいるから助かるものよ?……それにしても、設営は貴女の仕事じゃないっていうのに……勤勉ねえ」
「何を言ってるの!?ルクセリア様の結婚式なのよ!ルクセリア様にご満足いただけるよう、私もお手伝いするのは当然のことよ」
「……本当に、貴女ってルクセリア様のことが大好きね」
呆れたような眼差しを向ける同僚に、私は胸を張って口を開く。
「うん、大好き! 初めて会った時から、私はあの方に仕える為に生まれてきたんだって思ったのよね。実際仕えたら、とても優しい方で。その上、あの美貌!お側でお仕えすることができて本当に幸せよ。この前ね、ルクセリア様と図書館でお話をしていた時にね……」
ルクセリア様の側仕えに抜擢されたのは、つい一年前のこと。
初めてお会いした時の衝撃は、今でも忘れられない。
私は、この方にお仕えする為に生まれてきたのだと本気で思った。
「はいはい、貴女がどれだけルクセリア様を慕っているか良く分かったわ。……ほら、急いでいるのでしょう?早く行ったら?」
「いけないっ!こんな時間!ごめん、急ぐから」
ルクセリア様の素晴らしさを十分には伝えられていないけど、仕方ない。
それよりも、ルクセリア様をお待たせしないように、早く戻らないと……!
「城内は走らないようにね!それから、上位貴族の方々も王城にいらしているから、くれぐれも粗相のないように!」
「分かってるってー!」
使用人棟から出た私は、走るのを止めて早歩きでルクセリア様の部屋に向かった。
王宮内はその用途によって立ち入りを許される階層が明確に分かれている。
王族の居住区は最も奥……通称、奥宮。
そしてその手前は上位貴族しか立ち寄ることの許されない中宮があって、主に王族主催のお茶会やパーティー用のホールがある。
そしてその手前には官僚たちが働く表宮。
私はルクセリア様の側付きだから、勿論全区域に立ち入ることが許されている。
その特権を利用して、庭を縫うようにして使用人棟から直接奥宮まで向かっていた。
そろそろ中宮と奥宮の間に差し掛かる……そんな場所でのことだった。
「……それにしても、ラダフォード家も上手くやりましたよね」
「そうだな。『人形姫』と年の合う男子がたまたま生まれて羨ましい限りだ。何せ王族と血縁関係を結べるのだからな」
廊下で話す二人の貴族と思わしき男たちと、出くわした。
彼ら二人のうち一人が口にした『人形姫』という字名……それは、ルクセリア様を指す字名だ。
その由来は、決して良い意味ではない。
侮蔑の意味を込めた、それだ。
『綺麗なだけ』の、『王としての実力がない操り人形』。
いつの頃からかルクセリア様についたらしいその字名には、そんな意味が込められていた。
そしてその忌まわしい字名を耳にして、咄嗟に庭の木に身を隠す。
「ヴィクセン殿が各家への根回しに力が入っていたのも、頷けますよ。私が同じような立場であれば、それこそなりふり構わず根回しをしていたでしょうし」
ヴィクセンは、ルクセリア様の婚約者であるヴィルヘルム・ラダフォードの父親にして、五大侯爵家の一つラダフォード侯爵家当主。
王族直系はルクセリア様しか残っていない……つまり何があろうとも、ルクセリア様が王位を継ぐ。
その夫は、王配。その座を射止めた男の家には、もれなく極めて大きな発言力と権力が転がり込んでくる。
そしてその席を勝ち取ったのが、ヴィクセンという訳だ。
「はははっ……そうだな。何せ相手はあの『人形姫』。王の職務の何たるかを知らず、その上宝剣すら出せぬ、紛い物の王族。まあ、あの美貌だ……飾りとして側に置いておくのには良いだろうがな」
「誰が言い始めたかは知りませんが、人形姫とは言い得て妙ですよね」
「左様。お綺麗な人形には、この国の実権がついてくる。各家が悔しがるのも無理はない」
「実際既にラダフォード家の影響力は増しておりますから。私も王都に入ってすぐに挨拶に参りましたよ」
「貴公もか。私も、同様だよ」
笑いながら通り過ぎていく二人を、私は睨みつけていた。
……ああ、ダメだ。
怒りが、収まらない。
二人の姿が完全に見えなくなった瞬間、私を中心に地面が揺れる。
「お、おい!どうしたんだ!」
ピシリと地面が割れた瞬間、異変に気がついて駆けつけた庭師が声をかけてきた。
瞬間、私の周りを漂っていた魔力が四散する。
「ご……ごめんなさい、トミー」
私の反応に、庭師……トミーは僅かに安堵していた。
「また、魔力を暴走させちまったのか」
「ええ。だって……さっきそこを通った人たちが、ルクセリア様に酷い暴言を言っていたのよ!?……到底許せないわ」
その場面を思い出して怒りの感情まで思い出して、再び私の周りには僅かに魔力が漏れ出ていた。
そんな私の反応に、トミーは体の前で手を上下に振りながら、口を開く。
「そっか。……だけど君や俺の証言だけじゃ、どうにもならないだろう?何より、上位貴族がこの王都に集まっている今、残念ながらこれから先何十回も同じような言葉を聞くことがあると思うぞ。その度に、魔力を暴走させるのか?」
王族の力は、十数代の間に確実に弱まっている。
……代わりに大きくなっているのは、五大侯爵家を筆頭とする各貴族の力。
本来、王城内で王族の陰口を聞くなどあり得ないこと。
けれども、それがまかり通るほどに王族の力は弱まっているのだ。
そしてそれは、王宮にさえ勤めていれば一介の使用人ですら察してしまえるほどに周知の事実と化している。
「うっ……。それはまあ、私が悪いと思うけど」
「……にしても不思議なもんだよな。魔法は一切使えないのに、魔力だけはある。そんで怒りだすとその魔力が暴走。……ついたあだ名が火薬庫。ま、アリシアが本気で怒ることはルクセリア様関連だから俺たちに害はないって分かってるけどさ、気をつけた方が良いぞ」
「うん……そうだね。挙式までの間は特に気をつける。ごめんね、トミー。仕事を増やして」
「良いって。俺、魔法がちょこっと使える優秀な庭師だからさ。このぐらい、すぐ直せる」
戯けて笑いを誘う物言いに、素直に笑いが込み上がってきた。
「ありがとう。……それじゃ、私、行かなくちゃならないから」
「おう。さっき言ったこと、肝に命じて気をつけろよ」
「うん」
私は立ち去る前に再度トミーに礼を伝えると、その場を後にした。




