使用人は、問いかける
……王宮は常にない程、慌ただしかった。
戦争という非常事態の最中であることに加えて、王であるルクセリア様が倒れたのだ。
それも仕方のないことだろう。
眠りについたルクセリア様以外は、誰も彼もが為すべきことに忙殺されていた。
ただ、幸か不幸か彼女の推し進めた改革のおかげで、王が不在な中でも何とか政務は回り続けた。
……そして、その日の夜。
「……どこに、行くんですか?」
私の声が、闇に溶ける。
その先には、ヴィルヘルム様が立っていた。
「驚いた。……どうして、俺がここにいると?」
「記憶を取り戻したお陰で、魔法が使えるようになりました。……私の魔法『矛盾』で、この王宮を囲うように結界を張り、出入りする人を把握しています」
先ほどよりも一層、ヴィルヘルム様は驚きを顔に映していた。
「……随分と無茶をする」
「ルクセリア様が倒れている今、万が一にでもルクセリア様に害が及ばないように注意するのは、当たり前のことでは?」
「それにしたって、一体何人の人が出入りすると思っているんだ。……よくもまあ、頭が混乱しないものだな」
「根性です」
「……心強いな。君のような侍女が、彼女の側にいるのならば」
「話を逸らさないで下さい。それで、貴方様は、どちらに行かれるのですか?」
私の追求に、ヴィルヘルム様は困ったように眉を顰める。
「……俺がここにいては、ルクセリアに迷惑がかかる。宮中が混乱している今を置いて、ここを抜け出す時はないだろう」
「ダメです……。ルクセリア様が、悲しみます」
ヴィルヘルム様は、苦笑を浮かべた。
「……俺は、罪人だ。その事実は、覆しようがない」
「ですが、それは貴方様のお父様のなさったことでしょう?」
「だとしても、国家転覆を目論んだ罪は一族連座。本来ならば、俺も死罪だ」
「……その罪なら、問われないよ。愛の宝剣に刺されても、ヴィルヘルム様は生き長らえたんだから。宝剣の裁きを受けても死ななかった人は、どんな嫌疑をかけられても王の恩寵を受けたとして赦されるんですよね?」
私たちとは別の声が、夜の闇に浮かんだ。
「トミー」
声の主を呼べば、トミーが姿を現す。
「そうか。……そう言えば、オルコット侯爵がそんなことを言っていたな。刺された時には、そんな意味があることを全然知らなかったけれども」
「ん? 知らなかったんですか?」
「ああ……俺の家には、宝剣の謂れが殆ど伝わってなかったから」
「それで笑って宝剣を受けるなんて……肝が座っているというか、何というか」
「単に何にも考えなかっただけだ。あの段階で、俺に残された手はあれしかなく、あれこそが俺の描いた最善の一手であり、ゴールでもあった。まあ……つまり、できる手は全部打ち切って、安心し切ったってことなのだろうな」
「……だとしても、ルクセリア様は貴方様を失って悲しんでいました。苦しんでいました。もう二度と、ルクセリア様を悲しませるのはダメです。罪に問われないのであれば、尚のこと……」
「……罪に問われなくとも、宮中に俺の居場所はないよ。罪の名は、俺に付き纏う。『あいつは、ラダフォードの息子だ。罪人の息子だ』ってな。そして、『どうしてルクセリア様は、あんな罪人の息子を側に置くんだろう』って、な」
「それは……」
「それに、やっと国内の五大侯爵家の力を削ぎ、王に力が集まっているところなんだ。旧勢力の者は、ここで退散すべきだろう」
ヴィルヘルム様は、止めていた足を再び動かした。
「ルクセリア様を、愛しているんでしょう……!?」
その背に向けて、叫ぶ。
「私じゃ、ダメなんです……! 私じゃ、ああもルクセリア様が表情に心を映さないのに……」
「……自信を持て。君と共にいる時の彼女は、とても安心したような表情を浮かべている」
「でもっ!」
「……愛しているさ」
ポツリ呟いた言葉は、小さな声。
けれども、その声は闇の中によく響いていた。
「でも、どんなに愛していても……どうにもならないこともある」
最後にそう呟いて、彼は去って行った。
「うっうっ……ううぅぅー」
涙が、止まらなかった。
嗚咽を漏らしながら、ただただ泣き続ける。
「……足止め、失敗だったな」
私を慰めるように、トミーが言った。
「ルクセリア様が、どんなに悲しまれるか……それを、うっ、思ったら……」
「……アリシアは、頑張ったよ。ただ、ヴィルヘルム様の言うことの方が尤もだったっていうだけ」
「なんで……? どうして、ルクセリア様ばかり我慢をしなければならないの」
「それが、王様ってやつなんだろう。きっとルクセリア様は、分かって下さる。体調が戻ったら、きっと、またいつも通り仕事に戻るさ」
「そんなの、そんなの……ないよ。自分の幸せを我慢して、ただ人の為だけに働いて。悲しくても、心の中でしか泣けないなんて……そんなの……ただの地獄だよ」
トミーの言葉に、更に涙が溢れた。




