密偵の祈り2
「一人で、先に行かないでくれと申し上げました。貴女様は、分かったと答えて下さった。それなのに、何故……何故、一人で行こうとなされる!?」
「戻ってこい、ルクセリア!」
アーロンさんの叫びに被せるように、ヴィルヘルム様が叫んだ。
そうしてやがて、光が終息したその時。
……彼女が、目を開けた。
ぼんやりと虚な瞳が、意識の回復と共に徐々に色を取り戻していく。
「……私、どうして……?」
囁くようなか細い声は、けれどもその場に確かに歓喜をもたらした。
「……失礼します、ルクセリア様」
すぐに従軍医師と、ゴドフリーさんがルクセリア様を診察する。
「……王宮に戻って詳しく診なければ分かりませんが、体に衰弱が見られる一方、不調はございません」
「……魔力回路が戻っています。勿論、また無理に使えばすぐにでも壊れるでしょうが……。……奇跡だ」
彼らの診察を聞いた瞬間、二人を押し退けるようにしてアリシアが抱きついた。
「ルクセリア様!」
「……温かい」
彼女は呆然と呟いた。
くしゃりと顔を歪め、震える手で……アリシアを抱きしめ返す。
「私、生きている……?」
「はい……はい! これからも、ルクセリア様にお茶を淹れるです。一緒に、本を読むです。ずっと……お仕えさせて下さい!」
アリシアが、涙を流しながら叫んだ。
「アリシア……」
アリシアを抱きしめながら、彼女の視線がヴィルヘルム様に向いた。
「セリア……戻ってきてくれて、良かった。君は、たとえ憎悪の炎に焼かれようとも……月のように美しい」
そっとヴィルヘルム様は、彼女の耳元で囁く。
密偵だから、小声のそれをしっかりと聞き取ってしまった。
彼女は驚いたように目を見開き……そして、他の人には見せないような泣きそうなそれでいて美しい笑みを浮かべていた。
「……さて、戻るか。ルクセリアは未だ、本調子じゃないだろう。早く、休めるべきだ」
「え、ええ。そうですね」
ヴィルヘルム様の提案に、アリシアがルクセリア様から離れつつ肯く。
「……ダドリー、この人数を王都まで運べるか? 全員が無理なら、ルクセリア様だけでも」
「申し訳ないが、無理だ。叡智の宝剣の助けがなければ、人を運ぶことは……」
「ルクセリア様に宝剣を使わせる訳にはいかないだろう」
「だよなあ……」
「そういうことなら、俺が運ぶ」
俺とダドリーの会話を聞いていたヴィルヘルム様が、手を挙げた。
「この人数、運べるんですか?」
「ああ。流石に軍全体を運べというのは無理だが……この人数なら、なんとか」
「なら、私は残りますよ。撤収の指揮をしなければなりませんし」
今度はゴドフリーさんが手を挙げた。
「では、陛下。一旦御前失礼致します。王都に戻りましたら、すぐに挨拶に参りますので」
そしてルクセリア様に挨拶をすると、すぐにその場から去って行った。
「それじゃあ、行くぞ」
ヴィルヘルム様がそう言ったと同時に、ふわりとその場にいた皆が浮かぶ。
そして風に乗って、王宮に戻って行った。