人形姫と侍女
それから、七年の月日が経った。
「あと、三ヶ月で結婚式ですね!」
聞き覚えのある声色と台詞に、反射的に過去を思い出して反応が遅れた。
「……ルクセリア様?」
私がボウっとしていることに気が付いた彼女は、伺うように首を傾げる。
私は心配ないと、笑みを返した。
……どうして、こうなった? と思いつつ。
視線を向ければ、意気揚々と喋るアリシア。
記憶の奥底にある彼女の姿よりも、大人びたそれ。
私の前に現れる筈のなかった彼女が、今、目の前にいた。
……もう一度言おう。どうして、こうなった?
「アリシアったら、そればかり……。まだ、三ヶ月『も』あるのよ」
そんな疑問はさておき、彼女に言葉を返す。
「何を仰いますか!あと三ヶ月『しか』ないのです! 会場の飾り付け、料理の内容の決定とその食材の手配、招待客の席次や式の進行等々……準備することは、たくさんございますよ!何より、重要なのは、ルクセリア様のお支度です! やはりルクセリア様のお肌を最高に保つ為のマッサージは勿論、化粧品の手配……」
捲し立てるように次々と出てくる彼女の言葉には慣れたもので、私は反応を返すことを諦めて聞き流すことにした。
彼女は目を覚ましてすぐ、ニコルズ伯爵に養女として引き取られた。
貴族の養女となった以上、いつかは会うこともあるだろうな……と思っていたけれども、まさかこんな近くに彼女が来ることになるとは。
専属侍女として彼女が私の前に現れたときには衝撃的過ぎて、一瞬呼吸を忘れたほどだ。
後々調べたけど、彼女は自分の希望で王宮に行儀見習いで勤め始めたようだった。
誰かが裏で手を回しているのかと疑ったけれども、その可能性も無し。
全く、本当に……どうしてこうなったのだか。
なんて、ここで問いかけても答えは出てこないか。
「ああ、やはり婚礼用のドレスを着ていただいて、もう一度どのような化粧にするかを考えることが先決ですかね……」
彼女の言う通り、私は十六歳となったその日に戴冠と共に許嫁と結婚をする。
結婚式兼戴冠式となるのであれば、それは当然国を挙げての式典だ。
その準備と考えれば、確かに時間と手間がかかることは仕方がないことだろう。
……けれども、その準備に私やアリシアが全て関与することは勿論ない。
式典の進行は、宮中で検討し調整している。
料理は料理長と相談しつつ、同じく勝手に進めてくれている筈だ。
ドレス等身支度は、目の前のアリシアが全てやってくれる。
……それらを踏まえると、やっぱり今の私がすることは特段ない。
三ヶ月『も』あるという考え方も、おかしくない筈。
「ああ、でも化粧よりも前にやはり髪型の研究も捨て難いです……いやいや、その前にコンディションを整える為のマッサージは外せませんし……」
彼女の狼狽えように、思わず苦笑いが浮かんだ。
式典用の髪型は結うのも解くのも時間がかかるし、毎日研究する必要性が感じられないので、できるだけ遠慮したい。
マッサージや肌のケアは気持ち良いけれども……今はそんな時間などないし、施術の最中の彼女の興奮を隠しきれない様は、少々怖い。
普段は素直で明るくて、側にいるだけで癒されるのだが。
「ああ……でもでも、やっぱり髪型の研究ですね!この前良いところで終わってしまいましたし!ということでルクセリア様、御髪を触らせてください!」
「残念だけど、時間切れね。確かこの後、マホガード先生の授業があったでしょう?」
「あ……そうでした。マホガード先生はお時間通りに来られるでしょうし、そろそろお支度をしなければなりませんね」
明らかにアリシアはシュン、と意気消沈していた。
その様が可愛らしくて、ついクスリと笑ってしまった。
「……私も、アリシアとのお話することがとても楽しいから、残念だわ。ねえ、アリシア。マホガード先生の授業が終わったら、またお喋りの相手をしてくれる?」
「勿論ですとも! 私、 終了の時間には即座にこちらに戻って参りますので!」
パァ……と一点の曇りもない明るいアリシアの笑みに、つい笑ってしまった。