女王は、信じたかった
「けれども、ルクセリアの道はそれだけじゃないだろう? ……何故なら、ルクセリアが持つ力はそれだけじゃないのだから」
「私が持つ、力……?」
「そうだ。宝剣が、ルクセリアの全てじゃない。……ルクセリアは、女王として多くの人を動かす力がある」
「……人を動かす力……」
「どれだけ強大な力があっても、一人の力には限界がある。だからこそ、ルクセリアは復讐に人の力を借りたんだろう? それと、同じだ」
彼はそう言って、微笑んだ。
「ルクセリアには、王として打てる手立てを持っているじゃないか。それで、礎を築けば良い。ルクセリアが自身で絶望した世界を正していけるように。……ルクセリアが努力する限り、きっと周りにいる人たちは皆、ルクセリアの力になる。勿論俺も含めて」
……それは、甘い夢だった。
私に、時間が残されていたら……その道を選び取ったのだろうか?
……分からない。
もしも、なんて考えることすら無駄なのかもしれない。
その夢を前にしても、私の心は確かに絶望と憎悪に囚われていたから。
けれども、その甘い夢に耳を傾ける程には……もしかしたら、私の中には期待もあったのかもしれない。
絶望に埋もれていて見えなかった、希望の光が。
確かに、私は彼らの助けを借りて良かったと思った。
私一人では成し遂げられなかったことが、できた。
ギルバートは夜遅くまで、私とこの国の在り方を、政治体制を議論し、そしてそれを実行するために手足となって動き続けてくれた。
トミーは私の目と耳になって、情報を集め、助言してくれた。
その過程で二人の部下が成長する様も見ることができた。
アーロンは私に戦う術を与えてくれ、ゴドフリーは壊れた私の体を支え続けてくれた。
そうして、皆が私を助けてくれたからこそ……私は、私の思う通りに進むことができたのだ。
彼が気づかせた私の中のそれを、彼と共に手にすることができたら……幸せかもしれない。
そう思って、心が更に揺らいだ。
そしてだからこそ、これ以上魔法を紡ぐことができなくなっていた。
瞬間、私の体の力が抜ける。
……もう、限界か。
「……ああ、ダメね。ダメだわ」
反動で倦怠感と目眩が、益々酷くなる。
最早立つことすら難しくて、そのままその場に倒れ込んだ。
「……ルクセリア様!」
皆が、私に走って近づいて来る。
「ルクセリア様……!」
ゴドフリーが、私の手を取った。
「危険です! 早く、治療を施さないと!」
私の魔力の流れを、読み解いたのだろう。
……彼は、直ぐに私に魔力を流すと同時に、近くにいた人たちに薬を飲ませるよう指示していた。
「……どうしてですか!? 魔法を、止めたのに!」
アリシアが、叫んだ。
……ああ、重い体に響く。
「……ヴィルの言葉に聞き入った時点で、私の……負け。ゴドフリー、もう、良いわ……」
「ルクセリア様!?」
「もう、ずっと昔から……私の魔力、回路は、壊れていて……体は、限界だったの」
「そんな……!?」
誰もが、驚いた顔をしていた。
ここまで隠し通せるなんて、私も中々の名女優かもしれない。
……なんて、そんなしょうもないことを考えて、一瞬、笑ってしまった。
「……憎しみに、焼かれて、ずっと、苦しかった。復讐を果たしても、憎悪の炎は、き……消えなくて……ずっと、行き場の……ない、怒りが燻り続けていた」
魔力の暴走が私の体を苛み、言葉を徐々に奪っていく。
「だと言うのに……最期に、甘い夢に……心が揺れて、しまったわ。ふふふ、私は、最期の最期に、望みを成し……遂げられなかったのに、何だか、すごい開放感。何故か、満足してしまった、わ。……未だ、心にある炎は、消えていないけれども……それ以上に、満足しちゃった、の。貴女たちに、また会えたから、かしら? 私がいなくても、きっと誰かが、私に代わってこの理不尽な世界を壊してくれる。それなら、もう……良いかなって」
「嫌です、嫌です、嫌です! やっと、思い出せたのに! 私の宝物……ルクセリア様との、思い出を。それなのに、こんなのあんまりです……」
……アリシアの瞳には、涙が浮かんでいた。
その涙を拭おうと手を上げようとしたけれども、生憎と力が出なかった。
……ああ、苦しい。でも、笑っていたい。
彼らに残る最期の表情が、苦しむ顔だなんて嫌だから。
「ごめん、ね。……ありがとう」
そうして、私は意識を手放した。