使用人は、目覚める
『アリシア、このお菓子美味しいわね!』
ふと、ルクセリア様を思い浮かべる。
優しくて美しい、最高の主人。
彼女が戦場に赴き、不安で仕方ない。
とは言え何もせずに過ごすことは許されず、いつものように、隠し部屋を掃除していた。
けれども、逆に仕事があって良かったかもしれない。
そうでもしなければ、ルクセリア様が心配ですぐにでも王宮を飛び出しそうだったからだ。
「……ルクセリア様、大丈夫かしら……」
つい、独り言を呟く。
別れる直前、何故だかルクセリア様がこのままどこか遠くに行ってしまいそうな……そんな気がした。
それ故に、余計心配なのかもしれない。
大丈夫だとどんなに言い聞かせても、どうしても心配が拭えない。
ふと、急に胸が痛んだ。
「……っ」
何か強大な力が、体の中で暴れ回っている。
まるで、胸の中に熱湯を押し込まれたような……そんな心地。
苦しくなって、その場に蹲る。
……これは、魔力だ。自分のではない、魔力。
……ならば、誰の魔力か。
……そうだ、これはあの魔力。
……彼の中にあるそれと、同じ魔力。
……美しくて、強くて、恐ろしくて、けれども自分の命を助けてくれた、あの……。
「うっ……うぅぅ……っ!」
……私の中で、その魔力が消えかけている。
……どうして?
……まさか、彼女の身に何かがあったのか。
……嫌だ、嫌だ。
……失いたくない。そうだ。だからあの時も……。
「あ、あぁぁ!」
次第に、頭まで痛くなった。
そしてそれと同時に、覚えのない映像が次々と頭の中に浮かぶ。
……何、これ。
混乱しながら、痛みから逃れようと蹲りながら頭を振る。
……ああ、そうか。
「これは……私の、昔の記憶……」
パキリ、何かが割れたような音が頭の中でした。
瞬間、思い出す。
かつて、塔の中でルクセリア様と過ごした日々を。
それよりも前の記憶も。
そしてそれと同時に、痛みが引いていった。
彼女は、顔を上げる。……人が動く、気配がして。
「……ヴィルヘルム様も、目覚めたのですね」
「君は……」
ヴィルヘルム様は、静かに私の前に立っていた。
「申し遅れました。私はルクセリア様の側仕えで、アリシアと申します」
「そうか、君が……」
彼女の答えに、納得したように頷く。
「……私の中にあった、永遠の宝剣の力が無くなりました。貴方様が目覚められたということは、貴方様の中にあった愛の宝剣も……」
「ああ。恐らく、ルクセリアに何かがあった。宝剣との繋がりが消える程の何かが」
「やはり、そうですよね……。こうしては、いられません……早く、行かなければ。行って、ルクセリア様を助けなければ……っ!」
「ああ、分かっている。彼女の居場所は、国境か……?」
「……何故、貴方は状況が分かっているのですか?」
「眠っていた間も、ずっと意識があったから知っている。そんなことよりも、彼女の居場所だ! どこにいるか、君は知っているのか?」
「……っ。私も、詳しくは知りません」
「……そうか」
「ですが、大凡の方向であれば、分かります。まだ、僅かですがルクセリア様の魔力が感じられます」
「そうか! ならば、すぐに行くぞ」
「……どうやって?」
「問答する時間も惜しい。ついて来てくれ」
「は、はい……! お願いします、私をルクセリア様のもとに連れて行って下さい!」
そうして、私たちは急ぎその場から去った。