そして女王は、戦った
「……そろそろか?」
そっと呟けば、トミーが苦笑いを浮かべる。
「そろそろ、とは……セルデン共和国のことでしょうか?」
「うむ」
「ええ、今日明日にでも奴らは動き出しますよ。……最早、煽るだけ煽った世論を押さえ込むことはできないでしょう」
「魔王を討伐せよ! だったか?」
クスクス、と笑みを漏らしながら問いかける。
「笑えますよね。民に『魔力を邪悪な力だ、アスカリード連邦王国の女王は魔王だ』と言い続け、好戦的な雰囲気を国内で醸成し続けたというのに……その戦争で、セルデン共和国の上層部こそが魔力を利用していることが露見するんですから」
トミーもまた、笑っていた。
「ああ……それもあるが、余が魔王だということが、やはりおかしくておかしくて仕方なくて……な」
「ルクセリア様、気に入っていますね……」
「……まあ、な」
そのタイミングで、ギルバートが部屋に駆けて入ってきた。
「セルデン共和国が、宣戦布告をしてきました」
「やっとか……。セルデン共和国は、何と言ってきている?」
「残虐非道な魔王から、アスカリード連邦王国の民を救出する為と」
「予想通りだな。……トミー」
「既に皆、配置についています」
「……そうか。ならば、始めるとするか」
そう言いながら、叡智の宝剣を取り出す。
トミーとダドリーを順々に見れば、彼らは真剣な面持ちで頷いていた。
「……アスカリード連邦王国の、民たちよ。余の名は、ルクセリア。ルクセリア・フォン・アスカリード。第三十八代王である」
私の言葉は今、叡智の宝剣によって効力が増幅されたトミーとダドリーの魔法によって国の隅々まで響き渡っている。
「我々の国は、魔法と共にあった。王は魔法の剣を、愛する者たちを守る為、誠実に、叡智を以て振るい続けてきた。結果、我々の国は栄光を手にした。そしてその繁栄が永遠のものとなるよう祈りながら、魔法の剣を次の代の王へと伝え続けた」
それは、建国記の序文。
私が理想郷と揶揄したそれだ。
「皆もそれによく応えてくれた。魔法を使う者も、そうでない者も。皆が歴代の王を支え、共に生き、そしてそれを繋ぎ続けてきたからこそ、今日の繁栄を守れてきた。……我々の国は、魔法と共に生きてきた。魔法を使う者とそうでない者が、確かに共存して国を支えてきた。余は、その歴史を誇りに思っている。そして皆にもそうであって欲しいと、願っている」
誰かが応えるでもない、独り言に近いそれ。
一度息を吐き、言葉を区切る。そして再び、私は口を開いた。
「……此度、セルデン共和国が我がアスカリード連邦王国に宣戦布告をした。残虐非道な王から民を守る為に、と。だがそれは、セルデン共和国が、宝剣を恐れているということに他ならぬ。そして、それは魔法を恐れているということと同義」
果たして、皆は一体どのような顔で聞いているのだろうか。
そんなことを考えながら、言葉を紡ぎ続ける。
「皆の中にも、きっとセルデン共和国の者たちのように魔法を恐れている者がいるだろう。それは、仕方のないことかもしれぬ。……だが、思い出して欲しい。この国が、魔法と共にあったことを」
もう一度、目を瞑って深く息を吸って吐く。
「騎士たちよ。魔法師団の者らよ。余が、許可する。侵入者どもを……セルデン共和国の者らを、叩き返せ!」
その後、私とトミーはダドリーの手を取り国境間近に飛んだ。
辿り着いた場所は高台。
戦場の様子がよく見渡せた。
国境に待機していた騎士団と魔法師団が、私の命令通り越境したセルデン共和国の兵士たちを迎え撃っている。
あちらこちらで魔法が飛び交い、その合間を縫って騎士たちがセルデン共和国の兵士たちに肉迫していた。
「はははっ」
敵味方が入り混じる中で、ゴドフリーの笑い声が耳に入る。
数に劣り余裕などない筈なのに……否、だからこそなのか、本当に楽しそうに戦っていた。
「トミー、ダドリー。行け」
暢気に傍観ばかりしてはいられないので、二人に指示を出す。
二人が去った後、その場で私は宝剣を出した。
五色の剣が、宙に浮かぶ。
「魔王だ!」
瞬間、セルデン共和国の兵士からそんな叫びが聞こえてきた。
まるで本当に物語の魔王になったような状況に、自然と笑みが浮かぶ。
欲を言えば、ゴテゴテとそれらしく宮中を飾った上で迎え入れた方が、それらしいけれども。
五つの宝剣の内、栄光のそれを手に取った。
『王には、勝利という名の栄光を。王が定めし敵には、衰退を』……栄光の宝剣の能力は、最強の矛にして盾。
私はそれを無造作にそれを振った。