王女と別れ
「姫様が看病することを命じた少女が、目を覚ました」
「本当か!?」
立ち上がろうとして、けれども未だに目眩が収まらずに倒れ込んだ。
「姫様……!?」
「大事ない。それより、あの子の容態は?」
「それが……」
言い淀む侍女の様子に、不安を覚える。
「……何か、あったのか?」
「彼女は、目を覚ます前までの記憶を全て失っています」
思いもよらなかった侍女の言葉に、一瞬頭が真っ白になった。
「っ!……それは、確かなのか?」
何かの間違いであって欲しい。
そう願っての、言葉だった。
「は、はい……。医師が診察致しましたが、間違いないと」
けれども無情にも、返ってきた言葉は肯定。
……当然彼女が失った記憶の中には、私との記憶もある。
それはつまり、私もまた彼女を失ったということと同義だった。
「……治る、見込みは?」
最後の希望に縋るように、掠れた声で問いかける。
「医者も、それは分からないと。明日には戻るかも知れませんし、永久に戻らない可能性もあると」
「そうか……」
私は泣きそうになるのを堪えて、笑った。
「……姫様。少女のもとに、向かいますか?」
「良い。……代わりに、ニコルズ伯爵に連絡を取る。紙を用意せよ」
「は、はい」
侍女は即座に部屋を出て行った。
後に残ったのは、私と侯爵だけ。
「アリシアは、伯爵に保護してもらう」
侯爵は、私の言葉に肯定も否定もしない。
ただ、『本当にそれで良いのか』と、問いかけるような視線を向けられている。
「……それで、良いのだ。アリシアの身の安全を守るためには、『必要な措置』であろう」
もう二度と、失うことに恐怖することはごめんだ。
彼女まで失ってしまえば、私は立ち上がれなくなるだろう。
今回、奇跡的に命を繋ぐことができたのだ……ここで彼女を手放すことが、私ができる最も有効な手立てだ。
「そうですか……」
「侯爵は、アリシアに関する記録を改竄せよ。ここで働いたいたことの全てを、『なかったことに』」
「分かりました」
納得したのかは分からないけれども、侯爵は了承すると立ち上がる。
「……姫様。伯爵への手紙を書き終わりましたら、すぐにお休み下さい」
「そうだな」
ひらりと手を振って、侯爵が部屋を出て行くのを見送った。
そして侯爵の姿が見えなくなった後、再びその場に倒れ込む。
酷く、体が重い。
それは魔力回路の件だけでなく、恐らくアリシアのこともあるだろう。
最早悲しみを通り越して笑えてしまうほど、失ってばかり……だ。
でも、それでも……否、だからこそ。
私の覚悟は、より固いものになる。
あの日……声が枯れるまで泣き続け、ガラスが割れたような音が耳の奥で聞こえた気がした。
そしてそれと同時に、決めたのだ。
茨の道を進む、その覚悟を。
例え、血に塗れようとも。
例え、悪の名を背負おうとも。
止まる訳には行かない。
私は、必ず復讐を成し遂げてみせる。
時間は、有限だ。
……私が自由に動けるのは、即位のその時まで。
その時までに、知識を身につけ、体を鍛え、人材を引き込み、そうして力をつけなければならない。
即位の儀式まで、後約七年。
そっと、私は視線をあげる。
美しい、夕焼けだった。
沈み行く太陽が、赤よりも紅く空を染め上げている。
……ここからが、始まり。
私はそんな想いと共に、暫くその美しい夕焼けを眺めていた。




