女王は、散歩をする
「ルクセリア様。デザイナーが来ていますよ」
背の向こうからアリシアの言葉が聞こえて、私は本を閉じつつ振り返る。
「あら……そう。アリシアはよく私がここにいると分かったわね」
「ルクセリア様は図書館がお好きですから」
「好き……そう、ね。というより、ここが落ち着くのよ」
……あまり外に出たことがない私にとって、ここは唯一の娯楽の場所だった。
「……それにしても、デザイナー?」
「半年後の建国祭のドレスですよ。ルクセリア様、お忙し過ぎて中々ご予定が抑えられなかったのですが……いい加減決めないと、制作が間に合わなくなってしまいますから」
「ドレス、ねえ……」
私は本を戻してから、再びアリシアに向き直る。
「もう、デザイナーに任せちゃいましょう。体型は一ミリも変わってないから、それで作って貰えば良いわ」
私の提案に、明らかにアリシアは残念そうにしていた。
……そういえばいつもドレスを作る際は、私以上に張り切っていたっけ。
「その代わり、アリシア。今日、この後予定はあるかしら?」
「……予定、ですか? お仕事をしていますが……」
「なら、決定! 一緒に出かけましょう」
「お出かけ? え、ルクセリア様がお外に出られると?」
「そう。せっかく時間があるのだもの……少し、外に出たくって。さあ、アリシア。着替えを手伝ってくれる?」
「でも、ルクセリア様。ルクセリア様がお外に出られるのであれば、護衛の方々を……」
「大丈夫、大丈夫。さ、早くしましょう」
私はそのまま強引に事を進め、アリシアと二人でこっそりと城の外に出て行った。
城門を越えたところで、私は思いっきり体を伸ばす。
「アリシアのおかげで、楽に外に出られたわ。流石、門番と顔見知りというだけあるわね……って、アリシア?」
アリシアは不自然なまでにキョロキョロと辺りを見回している。
「……アリシア。そんなに緊張しなくても、大丈夫よ」
「ですが、ルクセリア様。護衛も無しに外だなんて……ルクセリア様に万が一のことがあったら……」
「ふふふ、心配してくれてありがとう。でも、大丈夫よ。貴女のおかげで、こんなにバッチリ変装できているのだし」
「ですが……」
「そんなことより、やっと貴女とお出かけができているのよ? 私はめいっぱい楽しみたいわ」
「やっと?」
アリシアの問いに、私はハッと我に返った。
『やっと』とは、十一年前の誕生日のことを思い浮かべてつい言ってしまった言葉なのだけど……その記憶を持っていない彼女が疑問に思うのは仕方のないことだろう。
「ホラ、ずっと貴女には外の話をして貰っていたじゃない? だからずっと、貴女と外に出てみたかったの」
「光栄です、ルクセリア様」
「という訳で、楽しみましょう? ルクセリア様と呼ぶのは禁止。私のことは、セリアと呼んでね」
私はそう言うと、早速前へと進み出していた。
はやる気持ちが抑えられなくて、つい早歩きになる。
まだ何か言いたげだったアリシアは、けれども私につられて結局前へと足を進めていた。