女王の断罪2
「ルクセリア様!お茶をお持ちしました」
「ありがとう、アリシア」
アリシアが淹れてくれたお茶を、ゆっくりと飲む。
瞬間、花やかな香りが私の口に広がった。
「……何か、変わったことはあった?」
私の問いかけに、彼女は記憶を浚うように視線を上に向ける。
やがて考えが纏まったのか、遠慮がちに口を開いた。
「……そうですね。街中が騒がしい気がします」
「騒がしい?」
「はい。その……隣の国が、攻めてくるかもしれないって」
「あら……それは皆、きっと不安になっているでしょうね」
「はい……。あの、大丈夫ですよね?」
「まあ……アリシアも心配?大丈夫よ。貴女のことは……必ず守ってみせるから」
「そうではなくて……!ルクセリア様が、です!ルクセリア様は、いつも無茶ばかりをしていますから……」
彼女の言葉に驚いて、つい、返事に詰まってしまった。
「私は、無理を申し上げているかもしれません。ですが……私にとっては、ルクセリア様以上に大切な人はいないのです……っ!だから、だから……」
「……ありがとう、アリシア」
自然と、笑みが浮かぶ。
ポッカリと空いた穴に、温かな気持ちが流れ込んでいるような心地がした。
「そんな、悲しそうな顔をしないで。笑って。貴女が笑顔でいてくれたら、私は頑張れるから」
「ルクセリア様……」
「……さ、顔を拭いて来なさい。それで、今度は素敵な笑顔を見せて」
「す、すいません……。失礼致します」
それから私は、彼女の淹れてくれたお茶を飲みつつ書類に目を通す。
本当に、無茶を押し通させて貰ったなと。
今回の粛清で、多くの者がいなくなった。
それでも混乱を最小限に留めることができたのは、協力てくれた人たちのお陰だ。
「失礼致します」
入って来たのは、灰色の髪が特徴的な平凡な顔立ちの男とゴドフリーだった。
「二人揃ってここに来るのは珍しいな。モーガン。その顔は見慣れたか?」
そう言うと、平凡な顔立ちのその男……モーガンは照れたように笑った。
「ええ……やっと鏡を見ても、叫ばなくなりましたよ」
モーガンは、粛清から生き延びた後に改名した今の名前。
本当の彼の名前は、オスカー・ウェストンだ。
「それは良かったな。それにしても、こうも上手くいくとは……流石だな、ゴドフリー」
「いえいえ、私の可能性を広げて下さって感謝しかありません。まさか、私の『改変』をこんな風に使うとは……全く思いつかなかったです」
オスカー改めモーガンの顔が変わったのは、ゴドフリーの魔法のおかげ。
今までその活用の方法が思い浮かばなかったんだけれど、必要に迫られたおかげか、今回ふと思いついたのだ。
形を変えることができる彼の魔法なら、人の姿も変えることができるのでは?と。
結果は良好。
元の彼の姿とは似ても似つかないそれだ。
そして、彼にはギルバートの補佐として仕事を任せていた。
ちなみにアニータは魔力持ちの子どもたちの地位向上を助けたいと、そのままギルバートの補佐として手伝っている。
エトワールとの協力関係も続いていて、不遇な魔力持ちを発見した場合には王国として保護するような手筈を整えていた。
「さて、要件は?」
「幾つか書類をお持ちしました」
「ああ、そうか。後で読んでおく」
「よろしくお願いします」
私は受け取った書類を、机の上に置く。
机の上には幾つもの書類が山積みになっていた。
「……凄い量ですね」
ゴドフリーが感心したように呟く。
「余の机の上は、まだマシよ。ギルバートやモーガンの机の上の方こそが、それはもう凄いことになっているであろう」
そう言えば、モーガンは頭を下げた。
「私の罪を想えば、当然のことです。……おめおめと、一人生き残ったのですから、その分国に貢献せねばなりません」
「……辛いか?」
「……いいえ。辛いとは、口が裂けても申しません。それが、私に与えられた罰ですから」
「そうか」
「……それに、机の上の書類が多いのは、単に私の処理能力の問題かと。ルクセリア様の期待に十分に答えられていないのが、申し訳ない限りです」
「謝る必要はない。粛清の後始末が全然片付いていない故、仕方ない。……ギルバートなど、今や日に一度僅かな時間しかここに報告に来れぬ程に多忙を極めているようだ」
「……ええ、そうですね。旧三侯爵家の粛清は、それだけ方々に影響を及ぼしていますから。それだけの大きな出来事の中で、陛下とギルバートさんが混乱を最小限に収めていることは、本当に凄いことだと思っています」
「ずっと昔から準備を進めていただけのこと。三侯爵家同時というのは業務量が多過ぎてキツイが……まあ、皆であればやり通せるであろう」
それから幾つか、モーガンに対して領政の業務集中に関して指示を出す。
前例としてラダフォード侯爵家の一件があったおかげか、以前よりも順調に進んでいるようだった。