官僚は見届けた
「お……お許し下さい!陛下!家族は何の関係もないのです!全て私が一人企て、行ったこと」
「知っている。だが……ふふふっ。最早余が、『はいそうですか』と止めることはないことを、其方は悟っているのであろう?」
「陛下!」
救いを求めるように、サイラス・スレイドが叫んだ。
「……此度の件は、全て五大侯爵家という特権が招いたものだと余は重く受け止めている。故に、ウェストン・ベックフォード・スレイド侯爵家は爵位を取り上げ、家を取り潰す」
……けれども、裁決は下った。
彼女は、歌うように、囁くように言葉を紡ぐ。
「更に、レイフ・ウェストン、バーナード・ベックフォード、それからサイラス・スレイドは死罪。彼らの八親等以内の者たちは同様の罰を受け、その他係累たちの家も全て取り潰しとする」
柔らかで軽やかな口調とは裏腹な重い言葉に、室内の温度は更に下がった。
誰もが、呆然としている。
「……陛下。人身売買でその罰は、あまりにも重いのでは?」
静まりかえったその場で、ルクセリアを諫めるような言葉が響いた。
「人身売買、か。ふふふっ………はははっ!」
彼女は声をあげて笑ったかと思えば、すぐにピタリとその笑みを止める。
「……バーナード・ベックフォード。此度の件は、サイラス・スレイドが唆したのだな?」
「は、はい!そうです!」
「十一年前の事件も?」
「はい、そう……で……」
突然、バーナード・ベックフォードの言葉が止まった。
その顔色を見れば、先程の比ではない程に血の気を失っている。
「……ん?どちらなのか分からぬではないか。……ああ、そうか。そもそも、十一年前の事件とは何か、周りの者に教えてくれぬか?」
彼女の言葉は、聴衆たちの心の内を見事に代弁していた。
先程からチラホラと出てくるものの、誰もが核心に触れずにいたそれ。
けれども、理解していた。
それは、決してただ事ではないということを。
その証拠に、バーナード・ベックフォードがカタカタと震え出していた。
「レイフでも良いぞ?皆に、説明してやらぬか」
ルクセリア様がレイフ・ウェストンに話題を振るが、彼もまた、バーナード・ベックフォード同様口を閉ざしたままだ。
「どうした?二人とも、言えぬのか?十一年前、其方たちがサイラス・スレイドと共に前王と妃を殺したことを」
再び、部屋の時が止まった。
……誰もが、その衝撃的な言葉に固まっている。
もしかしたら……という疑いは、確かにあった。
それだけ、五大侯爵家の力が強まっていたから。
けれどもそれと同時に、まさか……との声も大きかった。
それだけ、人々の中に王への畏敬の念が残っていたから。
「ふふふ……はははっ!」
突然、ルクセリア様が声をあげて笑い出す。
彼女が笑い出すことで、辺りの騒めきがピタリと止まった。
次は彼女の口から何が飛び出すのか……と、誰もが恐る恐る笑う彼女を見守っている。
「最早、反論する気力も気概も無し……か」
愉快そうに見下ろす彼女の視線の先にいる彼らは、彼女の言う通の状態だ。
レイフ・ウェストンが俯きぶつぶつと呟く横で、バーナード・ベックフォードが天を仰ぎ呆け、そしてサイラス・スレイドは固まっていた。
「……ギルバート」
「はい。……三名とヴィクセン・ラダフォードは前王とその妃を殺害する為に、結託していました。そしてその結託の証として、犯行に関わる証拠を交換して保有していました」
「今回……人身売買の件で家宅捜査をした際に、その証拠を全て押収しています。……お陰様で、当時事件に関わった者たちを全員検挙することができました」
「と、言う訳だ。……さて、サイラス・スレイド。王族反逆罪の罪は?」
ルクセリア様の問いに、けれども彼は答えない。
ただ、いっそ哀れなほどに体を震わせるばかりだ。
「連座だ、と其方が言っていたではないか。……ラダフォードの一件の時に」
彼の反応とは逆に、彼女は笑う。楽しそうに。
「父母を殺害し余をも亡き者にすれば、直系の王族が余以外いない今、確かに其方らはそれぞれ王になれたやもしれぬな。……否、王位を取り戻すと言った方が其方らには分かり易いのか? まあ、儚き夢であったが」
けれども、何故だろうか。
彼女が笑えば笑う程……哀れだった。
「許さぬ。容赦せぬ。誰も、止めるな。誰も、目を背けるな。余は、余の名の下に全ての者を処断する」
まるで、に見えない傷がジュクジュクと膿み、更に彼女を苛んでいるかのような……そんな痛々しい笑いだったからだろう。
「……判決は下りました。これにて、査問会は終了致します」
そして、ギルバートさんの冷たい声で査問会の幕は閉じた。
その後、彼女の指示の下、スレイド・ベックフォード・ウェストン侯爵家の断罪を敢行。
そしてそれと同時に、十一年前の事件……前王と王妃殺害事件に関与した者たちをも断罪。
その中には、彼らの息がかかった官僚たちの追放処分も含まれる。
多くの血が、流れた。
彼女の苛烈な手腕と冷酷な判断に、誰もが恐怖した。
けれども皮肉にも、彼女の有能さはこれを機に証明される。
建国以来全く例のなかったこの大騒乱に、けれども彼女は混乱を招くどころか、その手腕を発揮し、見事国政と領政を掌握。彼女の基盤を盤石なものとした。
……この一件は、やがて『血塗れの大粛正』と呼ばれるようになる。
そしてその名は国内外問わず轟くこととなった。