官僚は見守る
「……そうか。ならば仕方ないな」
ルクセリア様の許しの言葉に、けれども二人は希望の光をその瞳に宿す。
僕は、小さく溜息を吐いた。
まさか彼女の瞳を見て、それでも許しを得られると本気で思っているのか……と。
「とでも言うと思ったか。……随分と、余は見くびられているのだな」
瞬間、彼女から底冷えするような声色で非難の言葉が飛ぶ。
その瞳には、怒りの焔が燃えていた。
「「なっ!」」
「話をすり替えるな。その言い訳は誘拐には通用するが、人身売買には通用せぬ。何故なら、ここに其方らのサイン入りの書類がある以上、其方らが領民を受渡し、そしてその対価を受け取っていたことは覆せぬ事実だからだ。その事実がある以上……人身売買だと認識していなかったとは通用せぬであろう?」
「それは……」
「これ以上、戯言にしかならぬ申し開きは結構。……さて、サイラス・スレイド。其方は何か申し開きはないのか?」
今尚焦った様子のレイフ・ウェストンとバーナード・ベックフォードとは対照的に、サイラス・スレイドは落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
「……ございませぬ」
「ほう?良いのか?」
「良いも何も……この場に引き摺り出された以上、私が負けたことは確定していますから。……これ以上、お前たちも見苦しい真似はよせ。ラダフォード侯爵を裁いた誠実の剣を持つ以上、この場で嘘を重ねれば重ねる程、不利になるだけだ」
サイラス・スレイドの諫めるような言葉に、レイフ・ウェストンとバーナード・ベックフォードはいきり立つ。
「なっ……!お前のせいであろう!」
「そうだ!お前が私たちを唆したせいだ!十一年前だとて……」
「ベックフォード侯爵!」
バーナード・ベックフォードの言葉を遮るように、サイラス・スレイドは叫んだ。
「……ああ、そうだ。其方たちに言われずとも、私自身で認めよう。今回の件、全て私が企てたものです」
シン……と、再び辺りが静まり返った。
聴衆たちは、驚いた表情でサイラス・スレイドを見つめている。
サイラス・スレイドの言う通り、査問会に引き摺り出された以上、罪を免れることはない。
けれども彼は、決定的な一言を自ら告げた。
最早罪を軽くしようと誤魔化すことも、言い逃れをすることもできない。
自ら首を絞めるような真似をした彼を、聴衆たちは驚きを以て見つめていた。
「そ、そうだ……!全ては此奴が悪いんです!」
「そうです、陛下!最も責任が重いのは、彼です!」
今度はサイラス・スレイドの言葉に希望を見出したのか、レイフ・ウェストンとバーナード・ベックフォードが再び口を開く。
「そうだ!私の罪が最も重い。そう認めているではないか……!だからお前達はもう、余計なことは言うな!」
罪を擦りつけようとするレイフ・ウェストンとバーナード・ベックフォード。
そんな二人を咎めるようにサイラス・スレイドが言葉を重ねることによって、皮肉にも、より二人が醜く愚かに感じられ、逆に彼自身はより清廉な者に映る。
……滑稽だった。
「ふふふ………はははっ!あははっ!」
まるでその滑稽さを嘲笑うかのような笑い声が、響き渡る。
瞬間、場が凍りついた。
この場に相応しくない笑い声が響いたせいではない。
……否、ある意味笑い声のせいか。
その笑い声は、恐ろしい何かに聞こえた。
まるで死そのものが囁きかけてきたかのような、凍えるほどに冷たいそれ。
そしてそれと同時に、肌が焼きつく程の重圧が玉座から放たれていた。
誰もが恐ろしいと言わんばかりに、ルクセリア様から視線を逸らす。
「……殊勝だな、サイラス・スレイド」
ニタァと、彼女は笑みを浮かべた。
……否、あれは笑みではない。
口が裂けた、という表現の方が彼女には合っていた。
「……本当に、意外だ。其方に家族の情があったとは」
何故か、彼女は納得していた。
一体彼の言葉の何が彼女の琴線に触れたのか、分からない。聴衆も同様のようだ。
……ただ一人、サイラス・スレイドを除いて。
明らかに彼は、ルクセリア様の言葉を聞いて顔色を変えていた。
「其方からすれば、確かに二人には黙っていて欲しいであろうな。何せ二人は共犯者。都合の悪い事実を知っている彼らが、余計な事を口にしては堪らぬであろう。今回の件も然り……昔の件も然り」
ついにサイラス・スレイドは震え出す。
けれども彼女は、止めない。
……彼を追い詰める、言葉を。
「余が知らぬとでも、思っておったか?其方の罪を。そして其方の横に並ぶ者たちの罪を」
彼女の言い回しは、意図的に核心を突くことを避けていた。
その意図を問いたい衝動に駆られたが……けれども、できない。
彼女から漂う恐ろしい圧に、僕含めその場の誰一人として口を開くことができなかった。