王女と診断
次に目が覚めたのは、扉のノック音でだった。
扉を開けさせると、入って来たのは私の侍女。
「……応接室に、侯爵と魔法師長がいらっしゃっています」
「そうか……」
すぐに移動すると、そこにいたのは侯爵と見覚えのない男性。
「……その者か?」
二人の前の席に座りつつ、問いかける。
「はい。王宮魔法師団長のゴドフリーです」
王宮魔法師団は、王宮に仕える魔法師の集まり。
当然、国内でも特に有能な魔法師が集まっている。
「触れることを、許す。余の体を、診よ」
「は、はい。失礼致します」
ゴドフリーは、私の手を取った。
そして、触れた先から魔力を流し始めた。
何度かそれを繰り返した後、診察が終わったのか、彼は私から離れる。
「……恐らく、一度に莫大な魔力を使った弊害かと」
無理矢理、お父様から宝剣を継承したこと。
永遠の宝剣を使ったこと。
心当たりがあり過ぎて、私は心の中で苦笑いを浮かべた。
「魔力は、姫様の体内に確かにあります。ですが、その魔力の流れに異常をきたしているため、魔法が使えないのかと」
「……魔力の、流れ?」
「はい。魔力は血液のように、体の中を巡回します。我々は、その魔力が通る道を『魔力回路』と呼んでいます。一度に使える魔力は、その魔力回路に流せる魔力のみ。姫様は生まれつき莫大な魔力量を持っていますが、魔力回路は成人まで年を重ねる毎に成長するもの。恐らく姫様は成長しきる前に魔力回路の許容量を超えて魔力を使った為に、魔力回路が壊れかけ、魔力を使い難くなっているのでしょう」
「治るのか?」
「ええ。……暫く魔力を使わなければ、自然と魔力回路は治るでしょう」
「なるほど。それは、どのぐらいの長さか?」
「……断言は、できません。ですが……これほどに魔力回路が壊れているのであれば、少なくとも七・八年は待った方が良いかと。但し仮に治ったとしても、また同じように魔力に体がついていけず、再び魔力回路が壊れる可能性もあります」
「……そうか」
あと七・八年……つまり、成人したと見做されて王位を継ぐことができる歳までは少なくとも魔法は使わない方が良いということか。
「ご苦労。『余が魔法を使えないこと、魔力回路が壊れていることは全て忘れ、部屋から出て行け』」
私は無理矢理魔力を流し、魔法を使った。
瞬間、ゴドフリーは虚ろな瞳になって部屋を出て行く。
「……ぐっ」
ゴドフリーが出て行った瞬間、我慢ができずにその場で血を吐いた。
激しい頭痛と、目眩が襲う。
「姫様!」
「侯爵、騒ぐな」
慌てて駆け寄ろうとした侯爵を、視線で制す。
「こう、なるのか……」
座っていられず、私はソファーに体を横たえた。
手を見れば、鮮やかな紅色に染まっている。
「具合は?」
「悪い。……けれども、こうして体を休ませる他に手はない。原因が魔力回路である以上、医師に見せても仕方がないから」
ふう、と深く息を吐いた。
……休むと、少しばかり体が楽になる気がする。
「何故、そうまでしてゴドフリーの記憶を?」
「……余の魔力回路が壊れていることは、知る者が少なければ少ないほど良い」
「それは……確かにそうですが」
「それと、試したかった。いざというとき、余は魔法が使えるのかどうかを。代償はあれど、使えることが確認できて何よりだ」
「ですが、姫様。このような状態になるのであれば、魔法師団長の言う通り、今後魔法は極力使わぬ方が良いかと」
「……致し方なし、か」
天井を眺めつつ、自身は思考の海に沈んでいた。
これから先、私はどうすれば良いのか。
……魔法が使えない以上、莫大な魔力を消費する宝剣を出すことは叶わない。
恐らく、お父様が死んだのに宝剣を出せない私を、皆が不審に思う筈。
おまけに王宮に巣食うのは、狸と狐。
こんな小娘が一人玉座に座ろうとも、あっという間に食い尽くされるのは火を見るよりも明らか。
暫く私は自分の身の振り方を考えていた。
その間侯爵は、ただ静かにその場に立っていた。
「……余はこれより先、人形になる」
そっと視線を横に向ければ、侯爵は戸惑ったような表情を浮かべていた。
……流石に、突拍子のない言葉だったか。
「先王が亡くなったのに、余は宝剣を出すことができない。おまけに、魔法も使えない。そのような様を見せれば、事情を知る其方以外の侯爵たちは、余を侮るであろう?」
「ええ。……ですが最悪、姫様が『王族の血を引いているか』疑われる可能性が高いです」
「それでも余より他、次期王の候補はいない。余を排するにしても……侯爵たちは、互いに牽制し合い、すぐには行動できぬであろう。むしろ余を王座につけ、準備が整い次第、目障りなアスカリード王家ごと排そうとする可能性が高いのでは?」
「……残念ながら、姫様の仰る通りです。ですが、姫様。わざわざそのような姿を見せることに、どのような意味が?」
「復讐の為だ」
間髪入れずに答えた言葉に、侯爵は息を呑んでいた。
静かな空間に、クスクスと私の笑い声だけが響く。
「……ふ、復讐……ですか?」
やっとのことで絞り出したような物言いに、私は更に笑みを深めた。
「左様。……頭は、六つもいらぬであろう? 余に、王家に従わぬ者は尚更だ。故に、奴らが持つ全ての権力を取り上げ、王家のものとする」
侯爵にしては珍しく、動揺を隠しきれていない。
それだけ、私の考えに衝撃を受けたのだろうか。
「……其方も身の振り方を考えた方が良いぞ? 今からでも遅くない……余に離反するか、それとも余の考えを知って尚、余に付き従うか」
じっと、侯爵を見つめる。
相変わらず、侯爵は口を開く素振りすら見せない。
けれども突きつけた選択肢に彼はやっと私が冗談で言っている訳ではないと悟ったのか、呆然としていた顔から一変、真剣な顔つきに戻った。
「二点、お聞かせいただきたい。一点目、貴女様に付き従った場合、私の家族と領民たちはどうなりますか」
「余の協力者となるのであれば、其方と其方の家族と領民の安全を保証する。……其方の家が、代々王家の忠臣であったことは知っている。其方自身、父王によく仕えていたことも知っている。故に、他の侯爵家を潰した後も其方にはそれなりの地位を約束しよう」
「……それなり? 今の権限は取り上げられるということでしょうか?」
「……そうだな。侯爵位は同じであっても、与えられる権限は今と全く同じとは言えぬ。何故なら余は、五大侯爵家と言う枠組みを無くし、政の組織構造そのものを変えようと考えているのだから。……だが、其方が忠臣で在り続ける限り、改革後も領地での一定程度の権限と王宮内での厚遇を約束する」
「……分かりました。では、もう一点。貴女様が人形姫となることが、どのように復讐に繋がるのでしょうか」
「一つは、膿を出すため。余が使えない次期王であればあるほどのこと、人は余を侮り、本性を出し易くなるであらう? そしてもう一つは、戴冠式まで余自身の身を守るため」
「……身を守る? 魔法を使わないことが、ですか?」
「そう。余が使えない次期王であればあるほど、毒にも薬にもならぬと余を捨て置く可能性が高まる。先王は襲われた上に亡くなったのだ……おまけに魔法が使えぬこの身を守るためには、それより他に方法がない」
「なるほど……理解致しました。確かに、敵を炙り出すためには……そして御身を守るためには必要な措置ですね」
「……で、侯爵。其方の返答は?」
「……先程の回答に、変りはありませぬ。私の家族と領民の安全を守り続けて下さる限り、私は貴女様に仕え続けます」
「ほう……」
心域を、静かに発動させる。
無理をすれば、心の声を聴くこともできるようだ。
「……ぐふっ」
けれども無理を重ねたことによって、再び血を吐いた。
……まあ、良い。
私に付き従うという侯爵の言葉に、嘘偽りがないことを確認することができたのだから。
「大丈夫ですか!?」
とは言え、暫く心域を使うことは、やはり控えた方が良いだろう。
「大事ない。先程のダメージが後を引いているようだ。これは、中々治らぬな」
「ご無理をなさらないで下さい」
「ふふふ、そうだな」
私は血を拭い、再び侯爵を見つめる。
「侯爵よ。これより先、そなたも余と通じていることは隠せ。たとえ余への敵対行為をとることとなったとしても、だ」
「……承知致しました」
ちょうどそのタイミングでノック音がしたかと思えば、私の侍女が入って来た。




