団長は、突入する3
そのまま来た道を戻り、途中角を曲がって進んだ先にあった部屋に入る。
室内には困惑した隊員たちと、彼らに囲まれつつも平然と佇む貴婦人がいた。
「……どうした?」
近くにいた隊員に声をかける。
「貴方が、この中で一番偉い方でしょうか」
私の問いに答えたのは、その貴婦人だった。
「ええ、そうです」
「そう……。私の名前は、エノーラ。大変不幸なことに、肩書きはあの男……バーナード・ベックフォードの妻です」
「ご丁寧に有難うございます。私の名は、アーロン。国軍団長の任を賜っています」
「貴殿が、かの有名な国軍団長殿ですか。では、アーロン国軍団長。こちらを、お納めください」
彼女は立ち上がり机から幾つかの書類を取り出すと、それを私に差し出した。
「これは……」
「ベックフォード侯爵家系の官僚たちが関わった、汚職の証拠です。それからこちらは十一年前の事件に関する証拠。陛下にしっかりとお渡しなさってね?」
「何故、これを……」
「これで、あの男をより惨めったらしく殺していただけるのなら、私も報われますもの」
エノーラは優しげに微笑んだ。
言葉と表情がちぐはぐで、それが逆に見る者により恐怖を刻みつける。
「……私が聞くのも可笑しな話ですが、何故、貴女はベックフォード侯爵の死を望むのでしょうか」
「質問に質問を返すようで悪いけれど……あの男を生かしたいと、どうして私が望むのかしら」
楽しそうに、コロコロとエノーラは笑った。
「私はこの家で、ずっといないものとして扱われました。妻としての立場も権威も何もない。……そうして私は、あの男に静かに殺され続けたのですわ」
「……確かに貴女のお立場であれば、彼女の存在はお辛いものがあったでしょう」
「まあ!彼女とはチェリーとか言う、女のことかしら?ふふふ、ほほほっ!……ああ、オカシイ」
突然、彼女の笑いが消えた。
その瞳には、静かで……けれども確かに内面の憎しみを映すような蒼い炎が灯っている。
「政略婚である以上、夫に愛なんてものは求めませんわ。私が許せなかったのは、妻としての立場や権威まで奪われていたこと。ねえ、知ってます?あの女の我儘を叶える為に領を傾ける程にお金を使っているのに、私には全くでしたのよ。持参金を使って、何とか生きてきましたの」
エノーラは、歌うように言葉を次々と紡いでいく。
「当然、右へ倣えで使用人たちもチェリーの言いなり。私の言うことなんて全く、誰にも聞いて貰えませんでしたの。使用人たちに無視され続ける女主人なんて、惨め以外の何物でもありませんわ。ああ……そう言えば私の子どもは皆死んでしまいましたけど、あの女の子どもは今もすくすくと健やかに育っていますわね。それも、あの男の差し金だったのかしら?それとも、使用人たちかあの女か……いずれにせよ、私が妻として認められなかったのが悪いのよね」
彼女はピタリと、一瞬口噤んだ。
「嫡男とされているあの男と女の子どもは、カールとかいう男と一緒に逃げましたわ。当然、捕まえますわよね?」
「え……ええ、勿論。既に、我々の仲間が動いてます」
「そう。なら、良かったわ。ああ……心配なさらないで。他の子どもたちは隣の部屋にいますわ。皆、静かに眠ってますの」
何人かの隊員たちが、顔色を変えて隣の部屋に向かった。




