団長は、突入する2
「さあ、進むぞ!」
私の言葉に急かされるようにして、隊員たちも先へと進んで行く。
「アーロン団長!」
隊員が指し示したのは、他の扉とは異なる豪勢なそれ。
私が頷いた瞬間、隊員たちは勢いよく扉を開いた。
「早く、準備をしろ!ノロマめ!」
中年の膨よかな男が、怒鳴り声が一番に耳に入る。
その男こそが、屋敷の主人であり侯爵家の当主であるバーナード。
気の毒にも怒鳴られている使用人たちは、部屋に飛び込んで来た私たちの存在に驚いて動きが止まっているようなのだが……バーナードは荷物に夢中で、未だ気がついていないらしい。
「ほれ、何をしている!」
「は、早く逃げましょうよぉ!何で私がこんな目に……」
奥では、派手で豪奢な服を着た女性が体を震わせていた。
「すまんなぁ、チェリー。ホラ、愚図!さっさと荷物を詰め込め!そのネックレス一つで、お前の給料三年分だぞ!もっと丁寧に扱わぬか!」
……あの女が、チェリーか。
ベックフォード侯爵に取り入り、財を傾け、侯爵家の権力を恣に操る毒婦。
滑稽な状況だった。
既に捕縛者が差し迫っている中、それに気がつかず未だに逃走の準備を指図している様は。
使用人たちは最早戸惑うというよりも、呆れたような表情を浮かべている。
「そんなの、また買えば良いじゃない!早く逃げましょうよぉ、バーナード様」
「そうだな、チェリー。おい、お前!早くそれを持て!」
「ベックフォード侯爵、お止まりください」
様子を伺っていたが、最早様子を伺っても仕方ないと声をかけた。
「ええい、この状況で何を言って……いる……のか」
その声に、やっとバーナードは私たちの存在に気がついたようだ。
「うわぁぁ!お、おい、お前!奴らを止めろ!」
使用人たちはバーナードの命令に、従う素振りを見せない。
「ルクセリア女王陛下の命により、貴殿らを捕縛させていただきます」
そう言ったと同時に、脇に控えていた魔法師団の団員が魔法を発動させる。
瞬間、彼の影が伸びてバーナードとチェリーを縛り上げた。
「な、何をする!私は、ベックフォード侯爵だぞ!」
バーナードは怒りで顔を真っ赤に染め上げて叫ぶ。
「存じています。しかし、陛下の命ですので」
そう言った瞬間、何故かバーナードは怯んだ。
「……ま、待て。私を見逃してくれれば、今後便宜を図ってやるぞ?」
コイツは何を言っているんだ?と、首を傾げつつ近づく。
「そ、そうだ!金ならある!そこにある箱を一つやろう。貴様が一生かかっても買えないような宝の山だ」
「……民を売って得た金で、私に助けを乞うのですか」
「な、何を言うか!私はそんなこと……!」
バーナードは逃げようともがいていたけれども、影のせいで全くその場から動くことができないようだった。
「……貴方は何も知らなかった、ということですか?」
そう問いかければ、バーナードの瞳に希望の光がさす。
「そ、そうだ!民を売ったなど……私は全く知らん!きっと何者かが私を嵌めようと……」
何を勘違いしているのかと笑いつつ、腰に挿した剣を掴み振り上げた。
「ひ、ひぃぃい……!」
そしてその剣を、バーナードのすぐ目の前の床に刺す。
「……お戯れは、その辺で。我々は、貴殿のサインが入った人身売買契約書を既に確保しています」
そう言いつつ、バーナードと目線を合わせるように蹲み込んだ。
「その上で何も知らぬと言うのであれば……貴殿は一体何の為に、その頭をお持ちなのかを聞かなければなりませんな。何も考えず、言われるがまま手を動かす……それが領主の仕事であるならば、犬にでもできましょう。否……自らの欲を満たす為だけに、何ら覚悟もなく違法行為に手を染めた貴殿は、畜生にすら劣る。せめて最期ぐらい、綺麗に終わらせては如何ですか?」
「いやぁ!私は関係ない……関係ないわ!だからお願い、助けて……」
バーナードが茫然と座り込む中、チェリーと呼ばれた女性が叫ぶ。
「残念ですが、私は判断する立場にありません。もし貴女が身の潔白を訴えたいのであれば、大人しく着いて来た方が良いでしょう。ただ……一つだけ」
そう応えつつ剣を引き抜き、再び腰に挿した。
「貴女の為にとこれまで注ぎ込まれた金は、領の年予算に匹敵すると伺っています。その中には、勿論領民を売って得た金も入っている。……民からすれば、貴女は立派な加害者の一員だ」
近くにいた隊員たちに後を任せ、その場を離れた。