王女と誕生日3
次に目が覚めた時、一番によく見知った天井が目に映った。
「……帰って来たのね」
視界がフラつきながらも、私は起き上がる。
あれから、どうなったのだろう?
アリシアは、無事なのかしら?
確かめようと立ち上がろとしたけれども、身体に力が入らない。
「……お目覚めに、なられましたか」
倒れいく時に聞いた男の人の声が、上か降ってくる。
「ああ……貴方だったのですね。『侯爵』」
顔を見て、ようやく思い出した。
多分塔に幽閉される前に、一度か二度、会ったことがある。
五大侯爵家と呼ばれる、この国の貴族の中でも最も権力を持つ五家の当主の一人だ。
「そんなことより、アリシアは!?」
「アリシア?……ああ、倒れていた少女であれば、命には別状ありません」
「そう……良かった」
改めて、ホッと安堵の息を漏らす。
「それで、どうして侯爵があそこに?」
「……。我々侯爵位を賜る五つの家は、元を辿れば、莫大な魔力を消費する宝剣の使用を補佐するための家。つまり、宝剣に魔力を注ぐための家です。私の魔力も宝剣に注がれているので、宝剣が使われたということを察知しました」
五家にそんな役目が課されていたとは、初耳だ。
「……他の四つの侯爵家の当主も、私が宝剣を使ったことに気がついたということ?」
「いいえ、私以外は察知していないでしょう。誰も、魔力を捧げたことがありませんから。尤も……どの家も既に何代も前から、務めを放棄していますから」
「そう……」
職務怠慢も良いところだと思いつつ、侯爵に視線を向けた。
「それにしても、何故宝剣が私のところに? ……まさか、お父様の身に何かあったの!?」
宝剣が受け継がれるのは、先代王が亡くなった時……もしくは、戴冠式で王冠を受け取った時。
勿論王冠なんて受け取ったことなどないので、お父様に何かあったとしか考えられない。
「……姫様が宝剣を出した時点『では』、王はご健勝でした。だからこそ、分からない。……王が存命で、かつ、姫様が王冠を受け取っていないというのに……何故、姫様が宝剣を受け継いだのかを。王国史を遡っても、そんな前例は一つもない」
「ちょっと待って。私が宝剣を出した時点『では』というのは、どういうこと? まさか……」
「……ご想像の通りです。王は、亡くなりました。そして同時に、王妃も」
「……お父様だけでなく、お母様まで」
侯爵から視線を逸らし、俯く。
敵か味方か分からない侯爵に、私の心の揺らぎを見透かされる訳にはいかない。
歯を食いしばって、血が滲むほどに手を握りしめた。
「……っ。犯人は?」
私の問いかけに、侯爵から息を飲む気配が感じられた。
……そんなに、驚くことだろうか。
病死は、ありえない。
何故なら、二人同時に亡くなっているのだから。
事故の可能性もなくはないが、王宮の警備を考えると可能性は限りなく低い。
むしろそんな事故が王宮で起きたら、どれだけ警備がザルなんだ? と、呆れる。
そう考えれば、『誰かがお父様とお母様を襲った』ということは容易に想像つく筈だ。
「実行犯は捕らえましたが、裏で手引きをした者は不明です。残念ながら、情報を聞き出す前に自害されました」
「そう。随分と、躾がなされていたようね。……まあ、良いわ。何としても、裏で手引きした者たちを調べ上げなさい」
「畏まりました」
侯爵は頭を下げると、部屋を出て行った。
私は彼が部屋を出て行くのを見届けると、深く息を吐く。
緊張が解けて、体全体から力が抜けた。
それと同時に、ポロポロと涙が溢れる。
「……お父様、お母様……」
我慢していた分も流すように、涙が止まる気配は全くない。
のしかかる絶望に心が潰されてしまいそうだった。
そんな気持ちから逃れるように、ひたすら涙を流し続けた。
「うっうう……ううー」
抑えきれず、嗚咽が漏れる。
こんな力を持っていても、私を愛してくれていた人たち。
私も、二人のことを愛していた。大切に思っていた。
だから……だからこそ、二人を亡くしたことがこんなにも辛いのだ。
……二人が死んだのは、私のせい。
アリシアが誘拐された時に、私は自分の力を過信して誰にも助けを求めなかった。
そしてその結果、アリシアは私を庇って死にそうになって……宝剣が私の手元に現れる事態となったのだ。
侯爵は言った。
『姫様が宝剣を出した時点『では』、王はご健勝でした』と。
つまり、お父様は襲撃を受けた時に宝剣を出すことができなかったということだ。
お父様の手元に宝剣さえあれば……きっと、お父様は襲撃者を撃退することができた筈。
宝剣には、それだけの力があるのだから。
私が宝剣を無理矢理受け継ぐことがなければ……お父様もお母様も死ぬことはなかったのだ。
後悔と自責の念が、私を苛む。
大切だったのに……なのに、私は失った。
私のせいで、失ってしまったのだ。
……苦しい。
悲しくて、哀しくて、どうにかなってしまいそうなほど……苦しい。
深い後悔の澱に、沈んでしまいそうだ。
溺れないようにと、受け止めきれない苦しみを流し出すように、瞳から涙が溢れ続ける。
でも、ぜんぜん苦しみが軽くなることはなかった。
……その夜、私は泣き続けた。
声が枯れようとも、涙は枯れることはなく。
ただ、ひたすらに涙を流し続けた。




