逆転のインパクト
六
「ヴィーン、ガッ、ガッ、ガー」
勢いよく充電式の、電動ドライバーが台座を固
定して行く由香里さんに教えられた通りに、隠し
カメラを出来るだけ目立たない所それでいて廊下
全体を、カバー出来る場所に二カ所取り付けた。
勿論大家さんには、防犯という事で許可は取って
ある。
「よし、これで固定は完了だな」
最後の仕上げに、不自然な感じじゃなく壁と同
じ色合い のカメラのレンズ部分だけ小さな穴を開
けた板を取り付け た。流石に、昼間は少し目立つ
けれど由香里さん曰く「犯 人は、私が思うに目立
つ昼間は現れないと思う、必ず人気 の少ない夜に
来る筈だからこの方法でオッケー」である。 結局、
諦めかけた僕に彼女が薦めたのがこの方法だった。
カメラで暫く監視してもし犯人らしき奴が現れたら
その時点で犯人の行動パターンを分析し、その次に
現れるであ ろう曜日と時間を予測して張り込む、
犯人が現れたら、後 を追う、そこで犯人の身辺調
査をするというものだった。
「ね、これなら費用もカメラと録画機材ぐらいなも
のだから、そんなに無理しなくても出来るでしょ」
いつもながら彼女には感心させられるが一抹の不
安が無い訳ではなかった。その思いが、つい口に
出てしまった。
「でも、それって犯人の懐に入るって事でしょ。
そいつが、凶悪な犯罪者だったら結構危ない橋を
渡るように思えるけど・・・」
「大丈夫、痩せても枯れても私は探偵のプロよ危
険の回避方法ぐらいは解ってるつもりよ」
僕の心配を他所に、由香里さんは自信たっぷり
に不安を吹き飛ばす勢いで告げた。僕は、由香里
さんの自信の源を、それから程なくして自分の眼
で見る事になるのである。僕達は、その日の夕方
彼女の提案した作戦を、実行に移す為防犯グッズ
のショップを訪れていた。
「そうね、カメラはこの程度で良いと思う。これ
は解像度も、ヤバイ位あるし感度も調節できる
から夜間の撮影にはピッタシ」
「感度、調節?」
僕は映画を見るのは、大好きなんだけど撮影と
かカメラには、全く興味が無く従って彼女の説明
も半分解って残り半分解らない状態だった。由香
里さんはそんな僕に解りやすく説明してくれた。
「つまり、普通夜間の撮影には照明を使うんだけ
どこの場合そんな事をしたら犯人に逃げられてし
まうでしょ。だから、出来るだけカメラのレンズ
は明るい方が良いの例えば、街灯の光程度ででも
昼間のように撮影出来るとかそんな感じ」
いつもながら、由香里さんの説明は簡潔で解り
やすいと思った。作戦を、実行するための機材を
手に入れた僕達は少し小腹が空いたので、サンド
イッチでも買おうと近くのコンビニに向かう事に
した。しかし、依然そのコンビニで嫌な思いをし
た事があったので本心は行きたく無かったのだけ
れど、まあ今日は大丈夫だろうと思って歩いてい
くとコンビニの店内を照らす照明が見え始めた時
悪い予感が当たったと思った。そいつらは、この
前と同じくコンビニの入り口付近で、ウンチスタ
イルで陣取っていた。
「由香里さん、別の店にしませんか?」
どうして、と言う顔をした彼女は僕の言葉が聞
こえなかった様に、コンビニのの入り口に向って
歩いて行った。そして、陣取っているそいつらの
前まで来ると、僕が止める間もなく彼女は言った。
「君たち、お店に入るのに邪魔だからどきなさい」
由香里さんの声は、当然聞こえている筈だがそ
こにたむろしている四、五人のチンピラと言って
も多分高校生だと思うが全然意に介さない風で、
彼女の声を無視する様に、自分達のお喋りを続け
ていた。
「聞こえないの、邪魔だって言ってるのよ」
僕は、事の成り行きに内心ハラハラしていた。
由香里さんの勢いは、止まらないしこのままだと
嫌な展開の悪い予感しかしなかった。そうこうし
て居る内に、連中の中で一番眼つきの悪い奴が彼
女をニヤニヤした顔で見返すと言った。
「通りたかったら、俺らを避けて行けよ」
そう言われたら、普通ビビッて退散するものだ
が・・・恥ずかしい話、先日これと同じ状況だっ
た僕は関わり合いになるのが嫌で、逃げた事があ
った。しかし、彼女はそんな奴らに対して言い放
ったのである。
「解った、じゃあお店の人を呼ぶけど良いの?事
が大袈裟になるわよ」
眼つきの悪い奴が、いきなり立ち上がった。身
長180cm はあるだろうか上背がかなりあるそい
つが彼女を見下ろしながら言った。
「言えば、どうせ誰も出て来ないと思うぜ店員二
人共俺らのダチだもん」
言われてみればその通りだと思った。僕と彼女
が、コンビニの中の店員を見ると笑いながらこっ
ちを見ている。店の前で、結構な騒ぎになって居
るのだから普通「どうしたんですか?」くらい言
って対応する筈だが、それでも動かないという事
は残念だけどあいつの言っていることは本当のよ
うだ。僕は最悪の状況になる前に、ここから退散
しようと彼女の手をつかもうとした。
「じゃあ、仕方がないわね。警察を呼ぶわよ」
由香里さんは、僕が手をつかむより早く携帯を
出した。しかし素早い行動に出たのは、上背のあ
る眼つきの悪いあの男だった。彼女の手から携帯
を、奪うといきなり走り出した。すかさず由香里
さんも後を追いかけて、走って行くあんまり気は
進まなかったが、事の成り行き上僕も後を追わな
い訳にはいかなかった。逃げた奴の仲間も、当然
後ろをついて来ていた。やっと二人に、追いつい
たのは人気の全く無い公園だった。彼女はと言え
ば逃げたあの男と睨み合っていた。
「ふざけた真似しないで携帯を返しなさいそうし
たら、今回は見逃してあげるから」
携帯を、返すでもなく眼つきの悪い男は手の中で
それを弄びながらニヤニヤした顔で言った。
「そんなに、これが返して欲しければ力ずくで取
り返せよ」
とんでもない事に、なりそうなこの状況で一つ
だけ決めている事を僕は思っていた。自慢じゃな
いが喧嘩は、弱いけど由香里さんがピンチになっ
たら彼女を助けるという事を・・・
「おい、その間抜けずらを手が出せない様にしと
け、今から彼氏の眼の前でゆっくりこの生意気女
を可愛がってやるからよ」
眼つきの悪い男は、高校生とはとても思えない
ような言葉を歩みを進めながら喋っていた。同時
に僕は三人から、羽交い絞めにされ身動き出来な
くされてしまった。
「何だよ、離せお前ら」
僕が叫んだのと、ボディに重いパンチを受けた
のは同じタイミングだった。
「そこでお前の彼女と、俺が楽しむのをゆっくり
見物しときなよ、なあ・・・」
その瞬間、由香里さんの長い足が思いっきり伸
び上がって彼女の方に、振り返った眼つきの悪い
男の顔面に見事にヒット男は吹っ飛んでいった。
映画のワンシーンを見ている様にあり得ない光景
だった。
「どう、君たちもやる」
僕を羽交い絞めにしてた三人は、ノックダウン
してぶっ倒れている男と身構えて腰を落とした姿
勢で、伸ばした長い腕の先の指をブルース・リー
みたいに手前に曲げて見せている彼女に、恐れを
なしたのか僕を突き飛ばして、公園から逃げ出し
て行った。
「何だ、口程にもない奴らね」
そう言うと、由香里さんは落ちている携帯を拾
いながら近づいて来て、僕を抱きかかえ起してく
れた。
「ありがとう、君に助けられるのはこれで二度目
だね」
彼女は、無言のまま僕に肩を貸して歩き出した。
「話は後、連中が仲間を連れて戻って来る前に早
くここから逃げなきゃ」
僕は自分の不甲斐なさを、噛みしめながらもか
なり過激にみえる彼女の機敏な行動力に、パンチ
を貰った腹の痛みは、今はもうどこかに消えてし
まいかわりに、彼女に対して別の感情がもくもく
と入道雲の様に湧き上がるのを感じていた。か弱
い女子に、肩を貸して貰って足をひきづって歩い
ている情けない男と、強すぎる女の二人連れの姿
は暫く見えていたが、すぐに夜の闇に紛れて見え
なくなった。例の高校生たちが、仲間の何人かを
引き連れて帰って来た時には、二人の姿は影も形
も無かった様に消えていた。