彼女の提案
五
「ねえ、聞いてます?」
そう言われて、僕はハッとして彼女の眼を見た。
実は依頼した件を断られた後その理由を田崎所長が
説明して呉れたのだが、それがあまりにも簡単すぎ
て僕は納得しなかったのだ。
「まあ、単刀直入に申しあげますとこの件に関して
は金が掛かり過ぎますな」
とっ、此れだけ言うと田崎所長は応接室から出て
行ってしまった。見かねた彼女が、と言うか由香里
さんが所長に断ってから、僕をこのカフェに連れて
来たのだが、僕としては内心喜んでいた。田埼所長
の、苦虫噛み潰した様な顔を見て説明を受けるより
こっちの方が数段良かった。何だか由香里さんと疑
似デートをしてるみたいで楽しかった。と言う訳で、
僕は由香里さんの話を、うわの空で聞いて彼女の今
日のファッションを鑑賞していたのだ。
「先日の、ラフなスタイルも良かったけどビシッと
決めた今日のスーツ姿も良いな・・・」
何て事を考えて、生返事なんかしてたものだから
熱心に話してた彼女に怒られてしまったのだ。
「もう真面目に、聞かないんだったら私帰りますよ」
由香里さんに、真顔で言われて僕は彼女に帰
られたら困るので、慌てて返事をした。
「ごめんなさい、会社の重要なプレゼンをつい思い
出したものだから」
僕は、適当なことを言ってごまかした。
「それで、さっきの話の続きなんだけど叔父の事は
許して下さいね。ぶっきらぼうな、言い方しか出来
ない人なのよ。元は警察の、たたき上げの刑事だっ
たんだけど、あの性格が祟ってキャリア組の幹部と
衝突して最終的には、警察やめる羽目に成っちゃっ
て今の探偵事務所を開いたってわけ」
ここまで、一気に喋った彼女だったが頼んでた注
文品を、ボーイが持ってくると話そっちのけでテー
ブルの上のパフェをほうばり始めた。僕も甘い物に
は、目が無い方なのでご相伴に預かったのだが、彼
女は満足したのか暫くしてまた話し始めた。
「それでね、あれが叔父なりの貴方に対する誠意な
のよ」
「誠意?」
僕は、不満そうな顔をしてそう言った。
「あのねこの業界は、結構悪質な探偵事務所が多い
の客の足もとを見て法外な料金を要求したり貴方の
場合だと犯人が、中々探せないとか嘘を言って引き
延ばすだけ引き延ばして、お金を取れるだけ取った
ら適当な理由をつけて、結局探せませんでしたで後
はポイって感じ」
由香里さんは、そこまで言ってから残ってたパフ
ェをまた食べた。
「ふーん、そうなんだ」
僕は、由香里さんの話を感心しながら聞いていた。
由香里さんは、口のまわりに着いたアイスクリーム
を備え付けの紙で拭き取りながら話の続きを始めた。
「だから、貴方の場合・・・」
そこまで聞いて、僕は彼女の言葉を遮って言った。
「良かったら、名前で呼んでくれたほうが嬉しいん
だけど」
由香里さんは、ちょっと思案するような顔をした
が、すかさず答えてくれた。
「解った、じゃあ貴方の事をこれからは結城さんて
呼ばせて貰います。それで、さっきの続きなんだけ
ど仮にこの仕事を引受けたとして、どのくらいの費
用が掛かると思う?」
僕は映画の中で、アメリカ人がやる様に両手を左
右に広げて少しふざけた感じで肩をすくめた。
「そうよね、見当つかないと思うけど浮気調査を例
にとってみましょうか、大体の総費用が十万から十
五万円、調査が長引いた場合それ以上になる事もあ
るし逆に、思った程時間が掛からなかった場合安く
なる事もある。まあ、滅多にないけどね」
僕は彼女の話を、聞きながらまあここまでは想定
内だなと思っていた。由香里さんは、喋り過ぎて喉
が渇いたのかコップの水を、一気に飲み干した後ま
た話し始めた。
「本題を、結城さんに戻すわね。さっき言った浮気
調査は、ターゲットが決まっているから調査もやり
易いし、調査期間もマニュアル通りに出来るけど結
城さんの場合は、そう簡単には行かないと思うの何
より犯人がどこの誰とも解らないし、いつ現れるか
見当も付かない状態で、現場に張り付いて犯人が現
れるのを待つなんて到底現実的じゃないし費用なん
てとんでもない額になってしまうに違いないわ個人
レベルで出来る話じゃないと思うの」
そこまで、話を聞いて僕は最初の勢いは何処へや
ら流石に気持ちが萎えてボソッと呟くように言った。
「やっぱり、諦めるしか無いか」
僕の、意気消沈した言葉を聞いていた彼女がまる
で待ってましたとばかりに言った。
「結城さん、諦めるにはまだ早いと思う」
そう言うと、彼女はいたずらっ子の様に僕の眼を
見てニヤリと笑った。