駅での災難
一
不覚にも寝てしまっていた。昨夜、深夜放送でや
ってた映画「それでも僕はやってない」が面白すぎ
てつい最後まで見てしまったのがいけなかった。
それから、直ぐ寝たけど既に午前3時を回っていて
ハッと眼が覚めて気が付いたときには、すでに降り
るべき駅を通り過ぎた後だった。
「まずい、まずいぞ会社に遅刻してしまう」
次の駅に着いて、僕は電車のドアーが開くと同
時にダッシュで乗り換え口に向かおうと走りかけ
たその時、僕の右手は誰かにつかまれた。
「この人、痴漢です誰か駅員さんを呼んで下さい」
見知らぬ、女子高生らしき女の子が僕の手をつ
かみながらいきなり叫び出した。
「はっ?」
僕は、何が起きたか解らず呆然とつかまれた手
とその女の子を交互に見るのが精一杯だった。
が、一瞬で理解した。昨夜の映画の記憶がいきな
り甦って来たから、そしてその後の結末も映画の
主人公がどうなってしまうのかも・・・
「俺、会社辞めさせられの」
頭から、血の気が下がって顔面蒼白になってる
僕に向って女子高生が何か喚いているのだが、あ
んまり耳に入らなかった。
「ちょっと、あんた聞いてんの何シカトしてんの
よ!この変態」
周りが、騒然となって非難の眼が一斉にこちらに
向けられているのが解る「うわ―これも映画と同じ
だ」と僕が絶望的になった時、誰かが呼んだのだろ
う若い駅員がやって来た。
「えーと、すいません。あなたが痴漢被害を受けた
方ですか?」
と、駅員が女子高生に聞いている。女の子は僕の
手をしっかりと捕まえたまま眼には涙を浮かべなが
ら頷いて答えている。僕が、潔白なのは僕自身が一
番解っている訳で、そうであればあの涙は一体何な
んだ。あれが、演技だとすれば女子とは何て恐ろし
い生き物なんだ。何て、呑気な事を僕が考えている
間に事態はどんどん悪い方向に向かっていた。
「じゃあ、取り敢えず事務室にお二人とも来ていた
だきますか」
そうなんだ。ここで僕が逃げてもし捕まったら完
全にクロだし、たとえ事務室で身の潔白を言っても
多分誰も信じてくれないのが関の山、そのうち警察
が来たらそれで僕の未来はそこでお終いだ。うな垂
れて、駅員と女子高生に挟まれるように事務室に連
れて行かれようとしていたその時、三人の後ろから
女性の声が突然聞こえた。
「その人、痴漢行為なんてしていませんよ」
三人が、一斉に振り向くと一人の凛とした眼が印
象的な女性が立っていた。
「何よ、あんた突然出てきてこいつが痴漢やってな
いって証拠でもあんのかよ、オバサン」
女子高生は、自分の意見が真っ向から否定された
のがかなり悔しかったのか噛みつかんばかりの勢い
で怒鳴っていた。
「あるわよ」
その、若い女性は落ち着いて答えた。
「あなた、私がその人の隣に座っていたのを知ら
なかったでしょ」
「えっ」
女子高生の顔に明らかに動揺が走ったのが見えた。
「知らなかったみたいね。あなた電車のドアーが開
いた時点で獲物を探して、たまたま捕まったのがそ
の人って事じゃないの」
さっきまで、噛みつきそうな勢いだった女子高生
が急に借りて来た猫のように大人しくなった。そこ
まで聞いていた若い駅員が二人の中に割って入って
来た。
「まあ、こんなところで話すのも何ですから四人で
事務室に行きませんか」
駅員が、最初に僕の方を向いてそう言ったので仕
方なく頷いた。女子高生も、渋々行く気になったみ
たいで駅員の後ろからついて行く、駅員、女子高生、
僕、そしてあの若い女性が縦に並んで歩きだした時、
女性が僕の耳にそっと囁いた。
「今よ、逃げるのは」
「えっ」
と、言う間もなく僕は女性に手を引かれ走ってい
た。駅員と女子高生は気づかずにそのまま事務室の
方に歩いている。もう、振り向きもせず猛ダッシュ
で二人はその場から離れた。遠くで「逃げたー」と
あの女子高生の声が小さく聞こえたが、その時に僕
達はすでに改札を抜けていた。