表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

幕間「死海」

 ミヤコから北西に離れた、とある場所に『死海』という巨大な湖がある。他のクニを見渡しても、ここままでの大きさの湖はそうない。形は真ん中あたりがややくびれた楕円形。いくら大きいとは言え湖が海と呼ばれるのは、その水が塩分を含むからである。

 それも、通常の海水の約十倍と言われる高濃度の塩水だ。そのため、死海には魚はおろか、水草や微生物すら存在しない。まさに死の海である。

 なぜこのような内陸部に異様な塩分濃度の湖があるのか、知る者はいない。少なくとも、この時代の人間の中には。

 さらに言うと、自然と水源の豊かなこのクニにあって、何故かこの地方にはほとんど雨が降らない。明らかに不自然な天候である。

 死海には、いくつかの小さな浮島があり、その内の一つが牛鬼神社と呼ばれている。

 湖のほとりに鳥居が立ち、そこから地元の人間は島を拝むのだ。

 地元と言っても、かなり離れた所にある集落だ。

 生物が周辺に存在しないので人間が住むには適さないのである。

 死海は昔から、人が入ってはならないと言い伝えられている。神社に棲む牛鬼は、遠くから祀っている分には良いが、近づいてはならないのだ。死海に入る者には不幸が、更に神社のある島に近よる者には死が訪れるという。それは信仰というより、確実に起こる事として人々に信じられている。

 神社とは言うものの、島には社殿も鳥居もなく、雨が降らないために干からびて草の一本も生えない、白茶けた岩場だけの死の島だ。

 しかし、そこには神が棲んでいる。

 天より下り、ミヤコの天帝に国譲りを求め、戦いの果てに力を失って牛鬼となった神が。


「……そうか。見破られたか」

 牛鬼は浴槽に身を浸しながら、言った。

「ええ、申し訳ありません。計画どおり、姫が自ら死を望むように仕向けたのですが」

 宙に浮かんだ風鬼が改まった口調で答える。

「その二人……言ノ葉遣い、と言ったな。言霊の力をそこまで操れる人間が現れたのか。それも進化といえるか……。やっかいな相手かもしれん」

「ええ。二人と一緒にいた剣士は、どうやら『視える』ようでした……それと、なにやら気配だけの存在も一匹」 

 どうやら失態を責められる事はなさそうだと安心して答える。

「……天帝が何を企んでいるのか気になるな……。風鬼、ミヤコに潜れ。むしろ相手の懐で事を起こした方が良いかも知れぬ」

「お任せを」

 小さな娘は、空中で器用に身をかがめ、牛鬼に礼をした。

「隠形鬼と引き続き組むが良い。他には誰が必要だ?」 

 いいえ、と風鬼は首を振る。

「それだけで、充分です。金鬼と水鬼は死海の護りにお残しくださいまし」

 特に気に食わない水鬼の顔を思い浮かべて言った。あんな、魚もどきに手柄を取られてたまるか。

「ならば、やってみよ。しかし良いか、侮るなよ。相手には天帝がついている。我と同じ神だ。しかも向こうには龍がある」

 水中で、牛鬼は言った。

「龍など……今更生き返ることもないでしょう」

 風鬼は一笑に付した。

「……だと良いがな」

 牛鬼の言葉は、ひどく不安げな色を帯びていた。

 何故そこまで警戒するのか……風鬼は納得がいかなかった。言ノ葉遣いだか知らないが、所詮相手の手駒は人間である。自分たちのような鬼ではない。

「では、これよりミヤコへ潜みます。隠形鬼と……そうですね、いくつか式神を遣わせて頂ければ」

 牛鬼は無言でうなずく。

 ……さて。どう出る? 天帝よ……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ