黒龍殿の紅一点3
その日の夕食は、ポテトのキッシュにフィッシュフライに野菜スープ。
それにおかわり自由の焼き立てパン。
今夜もシルディーヌは、ペペロネたちとおしゃべりをしながらテーブルを囲む。
新米侍女仲間たちの醸し出す明るくて柔らかい雰囲気は、シルディーヌにとってはお腹も気持ちも落ち着く最高の癒し時間。
今日は動きっぱなしでお腹がペコペコで、パンの香りを嗅ぐだけでお腹の虫がグーッと鳴る。
食堂には手のひらサイズの黒パンと白パンが山盛りに用意されており、取り皿に三個ずつのせると、それだけで幸せな気分になった。とても単純である。
そんなにこにこ笑顔のシルディーヌを見、キャンディが目を丸くして驚いた後にクスッと笑った。
「まあ、シルディーヌったら、すごくうれしそうね。でも、そんなに食べられるの?」
「ええ、もちろんよ。今日はこれだけじゃ足りないかもしれないわ」
「シルディーヌは、もともとよく食べるほうなのかしら? そんなに細いのにいったいどこに入るの? 太らないなんて、うらやましいわ」
ペペロネも感心するような声を出し、自身のお腹をこっそりとさすった。
ペペロネはどちらかと言えばふくよかな体型。
胸もおしりもプリンとしていて男好きのするスタイルをしている。
細身で胸があまり大きくないシルディーヌにはとてもうらやましいが、本人はぽっちゃり体型だととても気にしているようだ。
「違うわ。今日は、た~くさんお掃除したから、特別お腹が空いてるのよ」
「ね、シルディーヌ? 昨日は聞きそびれちゃったけど、黒龍殿の中ってどんな感じなの?」
キャンディが興味津々な様子で尋ねると、みんなの視線がシルディーヌに集まった。
たいていの貴族侍女が恋をしてしまうという噂の黒龍騎士団員の集まる本部。
興味があるのは、黒龍殿というよりも団員たちだろうか。
「黒龍殿の中は……そうね……」
どんなところか簡単に言ってしまえば、『むさくるしい男の巣窟』で『害虫もいる怖いところ』なうえに『騎士団長は超ドS』の三つになる。
けれども、キャンディたちのキラキラしている瞳を見ると、そのままズバリと話してしまうのはなんだか気が引ける。
だって、団服を着て帯剣した騎士たちは、確かに凛々しく見えるのだから、むさくるしさを語るのは夢を壊しそうだ。
考えた末に、ひとりだから掃除が大変なことを当たり障りなく話していく。
例の黒いアレが出たことは、さすがに内緒だが。
「シルディーヌ、それ、すごく大変だわ」
「侍女を増やしていただいた方がいいわ」
キャンディとペペロネが気の毒そうに眉を下げる。
みんなの仕事は仲間がいるお陰か、それほどキツくないと言う。
「シーツ交換や清掃はあるけど、ペアを組んでやってるの。シルディーヌみたいにひとりじゃないわ」
今日はアクトラスに手伝ってもらったからシルディーヌも一応ひとりじゃなかったが、彼は毎日手伝ってくれるわけではない。
「増やしていただく……そう、そうよね!?」
シルディーヌは目から鱗が落ちた心持ちがした。
仕事のことももちろんだが、それよりも大事なことに気がついたのだ。
シルディーヌひとりだから、『襲われる』だの『男ばかりで危険』だのとアルフレッドは言うのだ。
複数いれば、『シルディーヌは団長の女』じゃなくても大丈夫じゃないか!
増員を侍女長にお願いすればいいのだ。簡単な解決法だ。アルフレッドも反論できないはず。
シルディーヌはひそかに拳を握り、明日にでも侍女長を訪ねることに決めた。
「みんなありがとう。でもね、今日はいいこともあったのよ。フューリ殿下にお会いできたの!」
みんなから一斉に驚きの声があがり、場が一気に華やぐ。
「どんなお方なの?」
「やっぱり素敵?」
矢継ぎ早に質問が飛んできて、シルディーヌは嬉々として答える。
やっぱりみんなの最大の憧れは、騎士団員よりも殿下だ。
それからは笑い声も混じり、夕食の時間は楽しく過ぎていった。