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王宮侍女シルディーヌの受難  作者: 涼川 凛
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番外 騎士団長の溺愛日和2

そして仕事に没頭し続けること二時間足らず、アルフレッドは部屋の中が暗いことに気づいた。


時計を見ればまだ五時で、暗くなるには早すぎる。


アルフレッドは、窓の外を見やった。


日中は雲が多くとも青空が見えていたが、今は一面黒い雲に覆われている。


執務中はいつも机のランプを点しているから自身の周りは明るく、さらに仕事に集中していたために気づくのが遅くなってしまった。



「ちっ、こいつはひと雨きそうだな……」



正門近くにある黒龍殿から侍女寮まではかなり距離があり、途中に雨宿りできる建物はほぼ無い。


そしてインクを流したような雲の黒さ。


アルフレッドは睨むようにして空を眺め、ひと思案した後書きかけの書状にペーパーウェイトを置いて机を離れた。



窓のない廊下は、まるで夜のような暗さ。団員がランプに火を点しながら反対側から歩いてくるのが、ようやく分かる程度だ。


アルフレッドの頭の中では、ガタガタ震えているシルディーヌがしきりに助けを求めている。


シルディーヌの苦手なものは、うにょうにょの虫と害虫、そして雷だ。


暗闇も苦手なはずだが、前者ほどではない。



「あ、団長。すごい黒雲ですね。雷が来るんじゃないっすか?」



団員は廊下のランプを点しながら、心配げに眉を寄せる。雷は災害を起こすから厄介だ。



「ああ、外に出るな。それから入り口にいる警備隊員に宮殿の中に入るよう伝えろ」



アルフレッドが団員に指示をし、シルディーヌがいるであろう場所へ向かおうとしたその時、雷鳴が小さく轟いた。


音の大きさから判断するにまだかなり遠く、宮殿内にいれば稲光も見えない距離だ。


だが、アルフレッドの胸がざわざわと騒ぐ。


もしもシルディーヌが侍女寮に向かっていれば、途中で雷にあう可能性がある。


アルフレッドは盛大な舌打ちをして、すぐさま駆けだした。


団員がなにかを言っているが、アルフレッドの耳に入らない。


飛ぶように階段を駆け下り、矢のように廊下を駆ける。


すると、前方にある使用人室からシルディーヌが出て来た。


商店街で買ったばかりの傘を持ち、まさに今帰ろうとしているところだ。


のんきな様子で、雷が鳴っていることに気づいていないらしい。



「待て! 今帰るな!」


「え、アルフ? そんなに急いでどう……きゃっ」



猛烈な様子を見て驚いているシルディーヌの体を、アルフレッドはさらうように抱き上げて使用人室の中へなだれ込む。



「あ、あのアルフ?」


「黙って俺の腕の中にいろ。じきに来るぞ」


「え、え、なにが起こっているの??」



訳が分からずに戸惑いの声を上げるシルディーヌだが、窓の外を閃光が走って部屋の中を明るく照らした瞬間、血色のよかった顔がみるみるうちに青ざめた。



「あ……か、雷っ!? やだっ、怖いっ」



数秒の後にごろごろと雷鳴が轟き、シルディーヌの体が硬直した。


徐々に稲妻と雷鳴の間隔が短くなっていき、雷は王宮に接近する。


やがてドドーン!と大地を引き裂くような轟音がし、宮殿がビリビリと揺れた。



「きゃああぁっ。落ちたっ。アルフ、雷が落ちたわっ」


「落ち着け。ここにいれば大丈夫だから」



胸にしがみ付いて震える体を強く抱きしめ、背中を優しく摩り続ける。


雨も激しく降り始めて窓をビシビシ叩くから、シルディーヌの怯えは増すばかりだ。


雷と雨が猛威を振るうのは、ほんの一時のこと。


だが、シルディーヌの怯える様を見るにつけ、アルフレッドの不安が広がっていく。


なにかあったときに近くにいれば、こうしてシルディーヌを守ってやれるが、出かけている時もある。


シルディーヌが侍女寮の部屋でひとりでいる場合もあるだろう。


やがて雷が遠ざかっていき、それとともに雨も弱まってきた。


窓の外一面に広がっていた黒雲は流れていき、夕焼け色に染まった空が広がり始めている。


アルフレッドはシルディーヌが落ち着いたのを見計らって尋ねた。



「侍女を辞めるか?」



ハッとしたように顔を上げたシルディーヌの涙に濡れた瞳が、アルフレッドをじっと見つめる。


今までアルフレッドが何度も口にしてきた言葉。


当初は侍女の仕事をさせるのが忍びなく、また婿探しを阻止する目的もあった。


問いかけるたびにシルディーヌは首を横に振ってきたが、果たして今回はどうか。



「今のようなことがあったとき、俺が傍にいれば守ってやれるが、そうでないときもある。俺の邸にいれば、常に侍女が傍にいてお前を守ってくれるぞ。まだ結婚前だが、俺の邸に来るか?」



アルフレッドはシルディーヌの涙を指先で拭い、柔らかな髪をなでる。


爪の先から髪の一本に至るまで、シルディーヌのすべてが愛しい。


全身全霊で愛し、守ってやりたいと思う。



「ありがとう、アルフ……でも私、侍女はまだ辞めたくないわ。一年の約束だもの。雷が怖いからって、途中で投げ出したくないわ」



シルディーヌはくすんと鼻を鳴らしながらも、しっかりした意思を見せる。


今にも倒れそうな顔色をしているのに、がんばると言う。


華奢な体でか弱く見えるのに、結構頑固者である。


なかなかアルフレッドの思い通りにならず困ったものだが、投げ出したくないと言う意思は尊重したいと思う。


「それにね、私にとって侍女の仕事は、花嫁修業でもあるの。だから、最後までやらせてほしいわ」



強い意思を見せられただけでなく、花嫁修業と言われれば、アルフレッドは完敗だ。



「……仕方がないな」



アルフレッドは愛を込めてシルディーヌの額に口づけをして、名残惜し気に腕の中から解放した。


この体を思う存分に愛せるのは、まだまだ先のことである。



「今の嵐で、マンデリアの花は散ったんじゃないか?」


「え!?」



シルディーヌの体が、別の意味で硬直した。


アルフレッドはそれをおもしろく見ながら、散っても散っていなくても花祭りに行くことを約束したのだった。



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