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王宮侍女シルディーヌの受難  作者: 涼川 凛
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番外 騎士団長の溺愛日和1

王宮の正門に程近い場所に、南宮殿がある。


この宮殿は黒龍騎士団の本部であり、使用人に恐れられているうえに立ち入り禁止のため、普段はアリ一匹たりとも近づかない。


団員は荒くれ者が多く、指揮を執っているのは世にも恐ろしい鬼神と呼ばれる団長、アルフレッド・マクベリー。


国王陛下の御前でも堂々としており、王太子殿下と親しく、いつも冷静で冷酷。


鋭い瞳を光らせて怖い顔をしており、心からの笑顔を見た者は、ほぼいない。




「まったく、お前は。俺の執務室を花畑にでもするつもりか」



アルフレッドは眉間にシワを寄せて、黒龍殿唯一の使用人であり、自身の恋人であるシルディーヌを睨んだ。


シルディーヌは朝一番に庭師からもらって来たという籠一杯の花を、棚やテーブルの上にせっせと飾り付けている最中だ。


以前花には興味がないと言ったはずだが、覚えていないのか。


覚えてはいるが、そんなことはお構いなしなのか。


まったく困った者である。



「あら、アルフったら違うわ。これくらいじゃ、花畑とは言わないわ」



ひとつにまとめたピンクブロンドの髪を揺らして振り返り、ぷんと唇を尖らせる。


そして花畑がどんなに素敵で感動するものかと、今は王宮の花壇がすごく綺麗なことを、瞳を輝かせてひとしきり語る。



小さな顔に大きな翡翠色の瞳、白い肌に血色のいい頬、艶めく髪が揺れれば花の香りがアルフレッドの鼻をくすぐる。


アルフレッドにとって、花はいつもそばにあって、この一輪しか要らないもの。


数日経てば枯れてしまう花など眺めて、どこが面白いのかと思う。



「だからね、せっかく庭師さんにいただいたんだもの。ここに飾ってもいいでしょう? アルフが仕事に疲れたとき、かわいい花を見て和んでほしいの」


「……俺のためなのか」



騎士団長であり、国防長官でもあるアルフレッドの仕事は、常に忙しくて面倒なことが多い。


花を見たくらいじゃ疲れも取れないし、和みもしない。


一番和めるのはシルディーヌと一緒にいる時間なのだが、それをいくら伝えてもこの愛しい恋人は理解してくれない。


先日の舞踏会の夜に愛を伝えて、情熱的な口づけをしたのがウソのようである。


もしやあれだけでは不十分だったのか。


どんなふうに伝えればいいのか。


恋人になる前もなった後も、アルフレッドの個人的な悩みはただ一つ、“いかにしてシルディーヌに愛情を伝えるか”だ。


なにしろシルディーヌは、アルフレッドが愛を込めた渾身の一撃を放っても、真正面で受け止めることが少ないのだから。



「ふん、お前の言い分は分かったから、好きに飾れ」


「ええ、もちろんそうするわ!」



うれしそうな笑顔を向けられ、アルフレッドの頬が少しゆるむ。


これがほかの侍女ならば『そんなものは仕事の邪魔だ』と冷たく言い放って、即刻片づけさせるのだが。


鼻歌交じりで楽しそうに花を飾る後ろ姿を見て、小さなため息をついた。


アルフレッドはシルディーヌに甘い。


譲れないこともあるが、たいていのことは希望通りにしてしまうのだった。



「じゃあアルフ。私はお仕事をしてくるわ」



花を飾り終えたシルディーヌは、上機嫌な様子で廊下へ出て行く。


それと入れ替わるようにして、副団長のフリードが書状の束を持って入ってきた。



「いい香りがすると思ったら、執務室に花とは……シルディーヌさんですか」


「朝ここに来る道すがら花壇の花を眺めていたら、親切な庭師が間引いたのをくれたそうだ。さぞかし欲しそうな顔をしていたんだろうな」


「女性は花が好きですから。ああそうだ、今はコルマルの丘にあるマンデリアの花が綺麗なときですよ」


「マンデリア? なんだそれは」


「コルマルの丘の名物です。ああそういえば、マンデリアの花祭りが今週末から開催されますね。シルディーヌさんが見ればきっと喜ぶでしょう」


「なんだ、その下手な役者のような台詞は。貴様は、俺にコルマルの花畑へ行けと言うのか」


「いえ、滅相もございません。一般論を言っただけです」



フリードはしれっと言い、書状の束を執務机に置いた。


そして束ごとの処理する期日を説明して「ではよろしくお願いします」と言って出て行く。



今週末と言ったら三日後だ。


仕事を山のように持ってきたのに遊びに行けと勧めてくるとは、いったいどういう了見だ。



いや、たしかにシルディーヌは、花畑は素敵で感動するものだと瞳を輝かせていたが……。



「む……仕方がないな」



アルフレッドは舌打ちをしつつ書状の束を手に取り、中身をさらっと確認して処理する順序を決め、さっそく仕事にとりかかった。



書状は、貴族院が提案してきた国防予算案の確認と修正などの重要な物や、アルフレッド自身が計画案を作成する入団試験など、時間のかかるものが多い。


昼食もそこそこにして集中して仕事をするアルフレッドだが、ふと部屋に人が近づいてくる気配を感じ、青い瞳をやわらげた。


近づいてくるのは、副団長のフリードでも部隊長でもない、能天気な愛らしい気配を持つ者。


壁を見やると、そこにあるシンプルな四角い時計は、午後の三時を示そうとしていた。



「ふん、もうこんな時間なのか」



“ひとりで過ごす休憩時間は、とてもつまらなくて寂しいの”などとかわいいことを言って、団長部屋で一緒にお茶を飲むようになってからずいぶん経つ。


アルフレッドはタイミングを見計らって席を立ち、扉の方へ向かった。


トレイに二人分のお茶セットを乗せてくるためか、毎度毎度危なっかしい足取りで来るからハラハラするのだ。


お茶のたびにアルフレッドが階下に下りて行くという手もあるが、仕事に没頭すると時間を忘れる危険がある。


しょんぼりしながらお茶を飲む姿を想像すれば、なんともいたたまれない気持ちになるからアルフレッドが耐えるしかない。


いっそのこと侍女を辞めてほしいとさえ思う。


王宮勤めの最大の目的である“婿探し”は、済んでいるはずだから。


部屋の前にたどり着く頃合いを見て扉を開けると、シルディーヌがきょとんとした顔をする。


毎度のことだが、アルフレッドがシルディーヌの気配を読み取るのが余程不思議なようだ。



「ほら、早く入れ」


「あ、ありがとう。アルフ」



今日のシルディーヌは少し表情が硬く、緊張しているように見える。


いったいなにを考えているのか、アルフレッドは怪訝に思いながらシルディーヌの向かい側に座った。


脚を組み、いつも通りにお茶の準備をする姿を観察する。


細くてしなやかな白い指がテーブルの真ん中にある花を隅にやり、手慣れた様子でカップに紅茶を注ぐ。


ふんわりと漂ってくる香りは、木苺のような甘酸っぱいものだ。


どうやら新しい紅茶を手に入れたらしい。


もしやそれで緊張しているのか?



「今日はね、新しい紅茶なの。それにクッキーも持ってきたのよ。昨日お休みしたキャンディが商店街に行って、買ってきてくれたの」



花柄の菓子皿をうれしそうに置き、アルフレッドに食べるよう勧める。


ここまでのシルディーヌは普段通りにも見えるが、カップに口をつけながら上目遣いにじっと見つめてくる様は、やはり少しおかしい。


こういう態度をとるのは、たいてい話しにくいことがあるときだ。



「なんだ、さっきから。新しい紅茶の味は、悪くないぞ。それ以外に話があるなら、さっさと言え」



話をするように促すと、シルディーヌはカップをソーサーに戻した。



「えっと、あのね、アルフはマンデリアの花祭りって知ってる?」


「マンデリア……だと?」



訊き返すと、シルディーヌはこくりと頷いた。


このタイミングで花畑の祭りの話をしてくるとは、フリードから聞いたのだと思える。


最近フリードは、アルフレッドが尋ねてもいないのにおススメのデート情報を教えてくるのだ。


おそらく無頓着な騎士団長を見兼ねてのことだと思うが、シルディーヌにも情報提供をしていたとは、まったくお節介な男だ。


アルフレッドは密かにため息をつき、飲み干したカップをソーサーに戻した。



「……知ってるぞ。花畑の満開祝いだろう」


「そうなの! 今が見ごろで、とっても綺麗だって、フリードさんが教えてくれたの!」



シルディーヌは、ぱーっと花が咲いたような笑顔になる。


その輝きを増した翡翠色の瞳が大変かわいらしく、アルフレッドはずっと眺めていたくなる。


そして無性に柔らかな肌に触れたくなるが、今はぐっと堪えた。



「ふむそうらしいな。で、それがなんだ?」


「えっと、それでね、お祭りは週末から三日間あってお店がたくさん出るから、たくさんの人が行くらしいわ。きっと、すごく楽しいと思うの!」


「なるほど、三日もやるのか。それは知らなかったな」



アルフレッドとしては、フリードから聞かされた後すぐに花祭り行きを決めてはいた。


しかし仕事の進捗状況によっては中止になることもあり、ふたつ返事で「行くぞ」と言えない。


それに、「行きたい」とずばりと言わずに漠然と話をされると、ドSなイジワル心に火が点る。


どうやって花畑に誘うのか見てみたくなるのだ。


それに、ほかの者と行くから休みが欲しいと言いだす可能性もある。


自分勝手ではあるが、それだけはなんとしても阻止したいアルフレッドであった。



シルディーヌの隣に移動して腰を引き寄せ、小さな頬にそっと触れると瞳に潤いが増す。


そして、赤く染まった頬から耳にかけて指先をゆっくり滑らせると、ピンク色の唇が少し震えた。



「アルフ……?」



シルディーヌはちょっと困惑した表情をしてアルフレッドを見つめる。


それでも逃げないでいるのがうれしく、恥ずかし気に震えている唇を塞ぎたくなる。



「お前は、俺が花には興味がないと、知ってるだろう? 数日で枯れる花のどこがいいんだ?」


「お花はすぐに枯れてしまうから、咲いてる時がすごく綺麗で感動するのよ。朝お花を飾ってる時に、そう言ったでしょう? それにね、私、マンデリアの花は、一度も見たことがないの。だから……アルフと一緒に見たいわ」


「む……お前は、俺と、見たいのか?」


「ええ、そうよ。フリードさんは、恋人におススメの場所だと言っていたわ。みんな一度は訪れるって。だから私も、好きな人と見たいの。感動が増すと思うわ」



ダメなの?と切なげに見つめられ、アルフレッドは一気に陥落する。


華奢な体をぎゅっと抱きしめ、ピンクブロンドの髪に何度も口づけた。



「分かった……一緒に行こう。俺も、お前と見たくなった。お前と一緒に見るなら、格別な花見だろうな」



優しく語り掛けると、シルディーヌは「うれしい」と言って胸に顔をうずめてくるから、アルフレッドの心臓が鷲掴みにされる。


いつまでも腕の中に入れておきたいアルフレッドだが、今は早急に仕事を片付けねばならない時だ。


アルフレッドは執務机に向かい、待ち合わせの日時をメモしてシルディーヌに渡した。


メモを見つめて大事そうにエプロンのポケットに仕舞うのを見届け、一刻も早く仕事を片付けるべく書状に集中した。




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