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王宮侍女シルディーヌの受難  作者: 涼川 凛
25/28

その腕に捕らわれて5

「離して!」


「ほら、観念しろよぉ、シルディーヌ~。その貧相な器量じゃ、僕以外に嫁の貰い手がないだろぉ?」



さっきまでは“王太子に誘われるいい女”と言っていたのに、まったくひどい言い草だ。


カーネルこそ、その器量じゃ婿に迎えられないだろうに!!



「嫌なの!」



馬車の扉が開いて乗せられそうになり、最後の力を振り絞って抵抗する。


捕まえられた腕がちぎれそうに痛いが、構っていられない。


こうなればカーネルの手の甲を抓ってやろう、そう思った時だった。


ザザッ!と靴が地面を滑るような音がし、ヒュン──ッと風切り音が鳴った。



「え、今のはなに?」



一瞬の後に馬車の扉がぽろっと外れ、車体にぶつかって派手な音を立てながら地面に落ちていく。



「は? なんで、急に外れたんだぁ?」



呆然とつぶやくカーネルと、唖然とするシルディーヌ。


落ちていく扉の向こうに、剣を振り下ろした格好の、鬼神のごとき気迫を纏ったアルフレッドがいた。



「あ……アルフ……?」



アルフレッドは肩で息をしながらもカーネルを睨み、剣を突きつけて重低音の声を出す。



「カーネル。貴様、ソイツをどこへ連れて行く気だ」


「うわっ、ま、待ってくれよぉ。マクベリーには、関係ないだろう!?」



カーネルは青ざめながらも叫び、それでもシルディーヌから手を離さない。


アルフレッドの勢いは、離しても離さなくてもカーネルを斬りそうだ。


カーネルは震えながらもシルディーヌを引き寄せて、しっかり抱え込んだ。


いざとなれば、盾にする気なんだろう。



「関係大有りだな。ソイツは、俺の女だぞ」


「な!? うそだろぉ! マクベリー! こんな女だぞぉ!?」



カーネルはアルフレッドとシルディーヌを交互に見て、引きつりながらも媚びるような笑顔を作った。


なんとかして、現状を打開しなければならないのだ。乏しい頭を必死に回転させている。



「マクベリーなら、もっといい女がより取り見取りだろぉ? さっきまで、いい女と仲良くしてたじゃないかぁ。このぉ、うらやましいぞぉ!」


「……カーネル、その汚い腕を切断されたいか? それとも無駄口を叩けないよう舌を斬るか。いや……二度と息ができないように、喉を斬るか」



アルフレッドは淡々と言い、カーネルの腕から口元にかけてゆっくり剣先を移動させ、最後に喉に突きつけた。


鬼神の気を纏った非情な瞳に見据えられ、カーネルは脂汗をだらだらと流してごくりと喉を鳴らす。



「ほ、本気、かぁ? そ……そんなことが、お前にできるはずないだろう」


「できるぞ。俺は、黒龍騎士団の団長だからな。コイツを避けて貴様だけを斬ることなど容易だ」



アルフレッドは剣を握る手にグッと力を込め、冷ややかに微笑む。本気で斬るつもりなのだ。



「安心しろ。一気にはしない。俺の女に触れたことを、心の底から後悔する時間を与えてやる。ゆっくり時間をかけて、なぶるように、斬る」


「うひっ、待ってくれよ! 離すよ! 返せばいいんだろぉ。なんだよ、こんな女、こっちから願い下げだぁ!!」



恐怖に顔をゆがめ、カーネルはシルディーヌをどんと突き放した。


そしてあたふたと馭者席に乗り、自ら手綱を握って馬車を動かして逃げていく。



一方、突き飛ばされたシルディーヌは、アルフレッドの胸にぽすんと受け止められ、ぎゅっと腕の中に閉じ込められた。


頭の上で大きな息がはかれて、リップ音が小さく鳴る。



「……間に合ってよかった」


「アルフ……ダンスに夢中じゃなかったの?」


「そんなわけあるか。あれは、フューリ殿下に『舞踏会に出るなら、しっかり社交してくれよ。お嬢さん方のダンスの誘いを無下に断ったらいけない』と、きっちり命じられていたんだ。おかげで抜け出すのに時間がかかって、助けに来るのが遅くなった。ごめんな」


「殿下の、命令だったの?」


「そうでなきゃ、踊らない。俺が触れたい女は、この世界でたったひとりしかいないぞ」



アルフレッドの指が、大事なものに触れるようにシルディーヌの頬を滑る。


瞳はとても穏やかで優しく、カーネルに見せていた鬼神のような恐ろしさなど欠片もない。


ドSで、仕事に厳しくて、敵には容赦のない人。


とんでもない幼馴染みなのに、離れたくない。


ずっとそばにいたい。


いつまでも、アルフレッドの瞳の中心にいたいと願う。


アルフレッドの精悍な頬にそっと触れると、少しだけ汗をかいていた。


シルディーヌを助けるために、必死で走ってきてくれたのだろう。


そう思えば、愛しさが増す。



シルディーヌの頬をゆっくりと滑らせていたアルフレッドの指は、柔らかな唇で止まった。


艶を含んだ瞳がシルディーヌを見つめている。


こんなアルフレッドの表情は初めて見る、大人の男の顔だ。



「俺が、お前を幸せにする。この先ずっと、一生」


「……いいの? 私は、貧相だし、美人じゃないわ。すぐに飽きるかも……」



突然、ガランと音を立てて剣が地面に落ち、シルディーヌの唇はアルフレッドに塞がれていた。


背中と後頭部をしっかり支えられ、気遣わし気に入り込んできた舌が口中を愛し気に這う。


しっとり濡れた舌がシルディーヌの意識を奪うように何度も絡められ、唇をねめつける。


次第に体の芯が熱くなり、甘い吐息だけが漏れる。


初めての口づけは蕩けるように甘く、シルディーヌは立っていられなくなり、アルフレッドの服をぎゅっと掴んだ。


恥ずかしさも、ここが外であることも忘れ、アルフレッドが与えてくる情熱を懸命に受け止める。


長い長い口づけ。


何度も角度を変えてむさぼるようにされてシルディーヌの意識が飛びそうになったとき、アルフレッドがようやく離れた。


濡れた妖艶な唇と熱い眼差しを、ぼんやりと見つめる。



「お前に飽きるはずがないだろう。俺は、ガキの頃からずっとお前しか見ていないんだぞ」


「……でも、すごく、イジワルだったわ」


「あれは、好きの裏返しだ。どんなにイジワルしても、お前はいつでも元気でかわいいんだ。そんなお前を見るのが好きだ。それは、今も変わらない」



シルディーヌの髪を指先でそっと梳きながら、熱く見つめてくる。


ときどき耳をくすぐるように触れられて、アルフレッドの優しい指使いに酔いそうになる。


けれど、確かめたいことがある。


イジワルしても元気でかわいいところを見るのが好きと言うのは……。



「そ……それって、今も同じなの?」


「ああ、ずっと変わらないぞ。かわいいお前が好きだ。それに、俺は子爵家のお前に釣り合うように、がんばって今の地位を手に入れたんだぞ。今更ほかの男に渡せない。奪われたら、絶対に取り戻す。それが、フューリ殿下だろうと同じだ」



王太子殿下の名前を口にしたとたんアルフレッドの瞳が鋭くなり、シルディーヌの体をぐっと抱きしめた。



「ダンスをしながら、フューリ殿下となにを話していた?」


「え、見ていたの?」


「ああ、随分楽しそうだったな。無論、殿下が」


「え、えっと、あの時は……」



なんと答えればいいのか。王太子殿下のお相手事情の話は口止めされているのだ。


シルディーヌが口ごもっていると、アルフレッドの瞳がどんどん悪い意味で据わっていく。



「フューリ殿下に、口説かれたのか?」


「違うわ」


「ほう……本当に、そうか?」



アルフレッドは優しく頬に触れてくるが、表情がすごく怖く、ゆらゆらと鬼神の気が漂っているようにも見える。



このままでは、王太子殿下に直に問い質しに行きそうだ。


真実を訊き出すために、王太子殿下を脅すようなことはしないだろうが、一抹の不安が胸をよぎる。


焦りつつも答えを探していて、シルディーヌはふと思い出した。


王太子殿下が、“身も凍り付くような恐怖を感じる”と言っていたことを。


まさかあれはアルフレッドの……!


誰に対しても容赦がないなんて、やっぱり脅しに行きかねないのだ。



「え、えっと、この国の騎士団長の眼力の強さについて?……みたいな、話です」



ウソは言っていない。


だが、アルフレッドは怪訝そうな顔をしている。


これ以上追及されないように、なんとか気をそらさなくてはならない。


そう考えたシルディーヌは、カーネルに捕まえられていて赤くなった腕をアルフレッドに見せた。



「ね、アルフ、見て。私、アルフに助けられて、すごーく安心したら、急に腕が痛くなってきちゃったわ。ほら、赤いでしょう? 腫れているのも」


「なに!? それを早く言え。痕が残ったらどうするんだ!」


「きゃあっ」



シルディーヌは電光石火の早業で抱き上げられ、医療室に連れられて行く。


医官による手厚い治療を受けながら、シルディーヌは将来を思いやった。


うれしくも困ることが多々あるアルフレッドの強大な愛。


それを一身に受け止め続ける、とっても幸せで、ちょっと難儀な日々を──。



【完】




お読みくださりありがとうございました。

このあと番外編があります。

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