ドSな愛は強大4
寒い……。
体がぶるっと震えるのを感じて、シルディーヌは目覚めた。
薄暗いが見知らぬ天井が見え、どこかの建物の小さな部屋の中にいるようだと分かる。
どうしてこんなところにいるのか不思議に思ったが、すぐに何者かに袋状のものを被せられてさらわれたことを思い出した。
シルディーヌは床に寝かされていて、毛布もシーツらしきものもなく、とても体が冷えている。
おまけに、硬い床の上に直に寝ていたためか、ものすごくお尻や背中が痛い。
「イタタタタ。ひどいわ。あんまりだわ」
くすんと鼻を鳴らして起き上がって見回すと、部屋の中にはシルディーヌひとりしかいなかった。
ペペロネはどこにいるのか。
ランプもなく、窓から差し込む月明かりだけが頼りで、心細さと先の見えない恐怖が胸を支配する。
「もしかして、人買い組織にさらわれちゃったの?」
でも、たしかあれに狙われるのは、ひとりで出かけた綺麗な女性限定だったはず。
アクトラスやフリードに何度も注意されているのだ、ひとりで街へ行ってはいけないと。
シルディーヌはペペロネと一緒だったし、決して綺麗な女性ではないのに、どうしてさらわれたのか。
もしかして、騎士団が追っている人買い組織とは別なのか。
「と、とにかく、ここから逃げなくちゃ」
寒さと不安と痛みで震える体を励ますようにさすって立ち上がり、部屋の中をうろうろと歩き回って調べ始める。
逃げるためには、とりあえず現状を把握しなくちゃいけない。
部屋の中には簡素な椅子とテーブルしかなくて、窓にはカーテンもない。
本当になにもなくて、ベッドもない部屋だ。
ひとまず扉を開けてみようと試みるが、当然ながらも鍵がかかっていてびくともしない。
「椅子で扉を壊せないかしら?」
そう思って椅子を手にしてみるが、腕力のないシルディーヌでも軽々と持ち上げられ、よく見れば脚も細くて頼りなく、これでは扉よりも椅子のほうが壊れてしまいそうだ。
扉を壊すのを諦め、窓開けて外を覗くと、はるか下に地面が見えた。
うんと身を乗り出して窓の配置を確認すると、石造りの大きな壁にいくつも並んでいて、ここが相当大きな建物であることが分かった。
三階建てで、シルディーヌは最上階の部屋に閉じ込められていた。
ここから飛び降りたらまず命はない。
助けを呼ぼうにも見渡す限り夜空と森が広がっており、民家は一つも見えず、叫ぼうが喚こうが誰の耳にも届きそうにない。
しかし、この建物のどこかにいるペペロネには届くかもしれない。
シルディーヌ同様に小さな部屋に閉じ込められているはずで、もしかしたら、ほかにもたくさんの人が閉じ込められているかもしれない。
そのうちの誰かの耳に声が届いて、窓から顔を出してくれたら成功だ。
シルディーヌは大きく息を吸い込んで、力いっぱい叫んだ。
「ペペロネー!! どこー!!? ペーペーローネーーッ!!」
腹の底から出した声は、森の木々に吸い込まれた。
ペペロネに届いただろうか?と不安になるが、間もなくして、近場のいくつかの窓から女性がそっと顔を出してくれた。
不安げな顔やびっくりしている顔などの中に、ペペロネを見つけてホッとする。
シルディーヌの窓から数えて二番目のところで、大きく手を振っていた。
「シルディーヌ、私はここよ! 良かった! 無事なのね!」
シルディーヌとペペロネが互いの無事を喜び合っていると、ふたりの窓の間にいる女性が唇に人差し指を当てた。
「あなたたち、知り合いなのね? でも静かにしていた方がいいわ。騒いでいると逃げられると思われて、縄で縛られちゃうわ」
「縄で……? そんなの嫌だわ」
ペペロネが口を押えて青ざめ、シルディーヌはできるだけ声を潜めた。
「私たち、ふたりで歩いてるところをさらわれたの。これからどうなるのか、あなたたちは知っているの?」
隣の女性が大きくうなずいて、「ここは、人買い組織のアジトなの。捕らわれたら最後、逃げられないわ」と諦め顔で教えてくれた。
そして、シルディーヌの斜め下にいる女性が悲痛な声をあげる。
「そう、逃げられないの! 見て、この果てしない森。こんなところに誰も助けになんか来ないわ。私の隣の部屋にいた子は、昨日いなくなったの。私たちはみんなどこかに売られてしまうの! 次は私の番だって、言われたわ!」
斜め下の女性は叫ぶように言ったあと、手のひらで顔を覆って部屋の中に引っ込んでしまった。
おそらく泣き崩れているのだろう、シルディーヌの胸がツキンと痛んだ。
「おい、お前! なにを騒いでいるんだ! 静かにしろ!」
急に背後から怒鳴られ、シルディーヌの心臓が縮みあがった。
心臓を躍らせながらも振り返ると、男が少し開いた扉から顔をのぞかせている。
髭もじゃで額に傷があり、こわもての絵に描いたような悪人面だ。
目つき悪く、シルディーヌを値踏みする様にジロジロ見ている。
「なんだ、お前貧相な体だな。別段美人じゃねえし、もう一方の女なら金になるだろうが……。なんでこんな金になりそうもない女をさらってきたんだ」
ブツブツと文句を言う髭もじゃ男の後ろから、別の声が聞こえて来る。
「それが、ふたり一緒にいたんで。えへへ……ノルマもあって、ついでにさらったんです。すいません。えへへ」
媚びを売るような感じの言い方で、もう一人は下っ端のよう。
ペペロネは金になり、シルディーヌは金にならない?
随分失礼な言い草で、思わずムカッとし、それならば早く解放してくれと言いたくなる。
でもこの状況では命を奪われて森に捨てられるのがおちで、シルディーヌはぐっと堪えた。
「まあ、中には物好きもいるだろう。金持ちには妙な嗜好の持ち主もいるからな。おい、お前! これでも食っとけ!」
髭もじゃの男が引っ込み、開いたままの扉から毛深い手が小さなトレイを置いて扉を閉めて行った。
パン二個とミルクが乗っているそれをテーブルまで運ぶが、お昼も食べてないからお腹がペコペコのはずなのに、まったく食べる気が起きない。
でも敵の隙ができていざ逃げようとするとき、力が出なくてはお話にならない。
無理矢理でも食べておかないといけないのだ。
シルディーヌはパンを口に含み、ミルクで無理矢理押し流した。
そして、壁に背を預けて膝を抱えて身を縮める。
ベッドも毛布もないなんて、いくらなんでも扱いがひどすぎる。
罪人を入れる檻だって、体を温める布くらいあるはずだ。
「アルフは、助けに来てくれるかしら」
再び、くすんと鼻が鳴る。
シルディーヌがいなくなったと分かるのは、きっと明日の朝だ。
団長部屋に挨拶に来ず、侍女寮にもいないと知ってからだろう。
それでも、すぐに人買いにさらわれたとは思わないかもしれない。
そしてここにいると判明するのはいつだろう。
それまでに、シルディーヌは売られてしまうかも……。
いや、そもそも探してくれるだろうか。
ひとりぼっちのため気持ちがどんどん沈み、悪い方に考えてしまう。
せめてペペロネと同室だったら、気がまぎれるだろうが。
「ペペロネは、大丈夫かしら」
友達の心配と自分の心配をし尽くして心身ともに疲れ、夜が更けるにつれてうとうとし始めた。
それからどれほどの時間が経っただろうか、シルディーヌは軽い振動を感じて目が覚めた。




