ドSな愛は強大3
天気も快晴になったお休みの日。
街へ繰り出したシルディーヌとペペロネは、王宮近くにある橋の上で華やいでいた。
シルディーヌがほんの数日前にアルフレッドと待ち合わせをした、商店街へと続く大きな橋である。
ピンクブロンドの髪に花の髪飾りをつけ、柔らかな風合いのクリーム色のワンピースを着たシルディーヌ。
ブロンドの髪を巻き毛にして、淡いブルーで軽やかなレース地のワンピースを着たペペロネ。
ふたりとも子爵令嬢らしい品が感じられる、とてもかわいい装いだ。
今日は相手が同性だということもあってとても気楽なシルディーヌは、めいっぱい楽しむつもりでいる。
対して、初めての外出であるペペロネは、シルディーヌ同様に楽しみたい気持ちはあるが、それよりもいい買い物をしたいという気合が半端じゃない。
先輩から聞いたという情報を、しっかりメモ書きして持ってきていた。
王族御用達の老舗から先輩侍女行きつけのお店、令嬢たちの間で流行ってるものなども詳しく調べてきている。
ペペロネは、そのメモをめくりながら言った。
「シルディーヌ。先輩たちが言うには、ドレスは商店街で買わないほうがいいらしいわ」
「そうなの? でも商店街には、素敵なお店がたくさんあったわ」
前回はアルフレッドと一緒だったし、ドレスを買う気はなかったから寄ってはいないが、シルディーヌが心惹かれる店が二、三件はあった。
「それが、違うの」
ペペロネはバッグの中から一枚の紙を取りだし、ぺらっと広げた。
それは街の地図で、所々に丸が書きこまれているもの。
これは全部王宮侍女たちに評判のいいお店の位置だと、ペペロネが説明した。
「すごいわ! ペペロネ。用意がいいのね!」
シルディーヌが尊敬の眼差しを向けると、ペペロネは得意気に笑った。
「実はこれ、先輩から借りてきた地図なの。ほら見て、この公園近くのところ。ここにあるお店がおすすめらしいの。かわいくてお値打ちなドレスがたくさんあって、穴場らしいわ」
ペペロネが指さすところは、大きな通りから外れた位置にあって、ちょっと分かりにくい場所のよう。
商店街からは遠いが、歩いて行けない距離ではない。
けれどシルディーヌは、アルフレッドから『商店街以外の店には行くな』と渋い顔で言われている。
理由を訊ねると『俺が把握できないからだ』と理解不能なことを言った。
黒龍殿の中ならいざ知らず、王宮の外に行くのに把握もなにもないと思う。
「それにね、ここがイチオシの理由は、全部一点ものだから、ほかの子とデザインが被らないことと、直しが出来あがったら配達してもらえるってところなの! ね、いいと思わない?」
「特注じゃないのに、デザインが被らないの?」
「そうなの。それでいてお値打ちなの!!」
そんな便利で素敵なお店なら、これは行かない手はない。
シルディーヌも初給金でドレスを買うのだ。
より良いお店がいいに決まっている。
シルディーヌの頭にアルフレッドの迫力満点な顔が浮かんだが、すぐに追い出し、ペペロネにうなずいて見せた。
恋人でも許嫁でもないドSな幼馴染に禁止されたからと言って、お得な情報を無視できない。
「ペペロネ、是非ともそこに行きましょう!」
「ええ、シルディーヌ。視線を釘づけにするドレスを、絶対に手に入れましょう!」
並々ならぬ意気込みのペペロネとともに、シルディーヌは公園近くの店に向かった。
おしゃべりしながら歩く道は楽しく、途中迷いながらも、ふたりは目的のお店にたどり着いた。
馬車が入れないほどに狭い路地の奥にあり、人通りもなく、怖いくらいに静かな場所にあった。
看板がないとお店だと分からないくらいに地味な外観で、シルディーヌはちょっぴり不安になる。
それでもペペロネが先立ってお店の扉を開け、一歩中に入れば、外観の地味さとは裏腹な色彩豊かな世界が広がっていて、感嘆の声を出した。
愛想のいい年配の店主さんとお針子さんにアドバイスをもらいながら、試着を繰り返しじっくり時間をかけてドレスを選ぶ。
途中でお茶とお菓子をいただきながら、シルディーヌはピンク色で胸から裾にかけて花とレース飾りがあるドレスに決めた。
ペペロネはオレンジ色でレースの透かし模様のある、ウェストから裾にかけてリボン飾りのあるドレスを選んだ。
王宮の侍女寮への配達をお願いし、大満足のふたりがお店を出たのはお昼もとっくに過ぎた時間だった。
お店の中にいたときは夢中でなんとも思わなかったが、一歩外に出れば空腹なことに気づく。
シルディーヌのお腹の虫が自己主張し始め、咄嗟に手のひらで押さえた。
「お腹、空いたわ」
「まあ! シルディーヌらしいわね。でも私も……」
ペペロネも同じで、ふたりで顔を見合わせて笑いあった。
「とにかく、なにか食べましょう!」
「通りに出れば、飲食店があるわよね」
とりあえず大通りに出ることにし、細く入り組んだ路地をおしゃべりしながら歩いていく。
もう少しで馬車道に出る、その時だった。
にゅっと、黒いなにかが、シルディーヌの横目をよぎった。
「え?」と思ったときにはバサッと音がして、シルディーヌの視界が真っ暗になっていた。
「え、ペペロネ!? どこ!?」
「シルディーヌ!?」
互いに名を呼び合うも、袋状の布のようなものですっぽりと体が覆われていて、無事を確かめることもできない。
恐怖に身が縮まるが、「やめて! 離して!」と叫ぶペペロネの声に励まされ、シルディーヌもバタバタと暴れて必死の抵抗を続ける。
「うるせえ、静かにしろ!」
「暴れるな!」
急にツン!とした匂いがし、もがき続けるも、シルディーヌの意識は遠くなっていった。




