ドSな愛は強大2
問題はただひとつ、休みがもらえるかどうかだ。
つい先日休みをもらったというか、一緒に休んだところなのだ。許可される気がしない。
ペペロネと約束したからには是が非でも休みをもぎ取らねばならないが、どうアルフレッドに話を切り出せばいいのか。
昨夜からずっと考えているけれど、いい案が思いつかないシルディーヌである。
いつも通りに黒龍殿まで来たのはいいが、入口ホールで立ち止まって悩んでいた。
二階に上がって廊下で考え込もうものなら、以前そうであったように、能天気な気配がだだ漏れ云々と言われて、強引に部屋に入れられかねない。
そうなればなんの準備もないまま挑むことになり、返り討ちにあってしまいそうだ。
アルフレッドがシルディーヌの気配を察する範囲がどこまで及ぶか分からないが、いくらなんでも宮殿の入口付近ならば平気なはず。
ということで、入口ホールで腕組みをして立っている。
そんなシルディーヌを、団員たちが横目で見つつも避けて通り過ぎていく。
騎士たちは大いに気になっているが、団長の女と知っているため安易に話しかけることができない。
そんな状態の入口ホールだが、ひとりだけ気軽に声をかけられる者がいた。
「シルディーヌさん、どうしたんですか。悩み事ですか」
クマのように大きな体を屈めてシルディーヌの顔を覗き込んでいるのは、三番隊の隊長アクトラスだ。
つぶらな瞳が、心配げに上下左右に動いている。
もしかして団長がらみですか?と尋ねるアクトラスに、シルディーヌは悩み事を打ち明ける。
腕組みをして難しい顔つきで聞いていたアクトラスだったが、すぐにカラカラと笑い出した。
「そんなの簡単なことです」
「え、どうすればいいのかしら?」
「シルディーヌさんが、すごーく困って見せて、甘えるようにお願いすれば、団長はイチコロです」
「イチコロ……あの、アルフが?」
アクトラスは大きくうなずいているが、シルディーヌは不安だ。
「でも甘えるようになんて、アルフ相手に難しいわ」
「うーん、それは……いつもと同じように喋ればいいんじゃないですか?」
そう言われても、シルディーヌには難しく感じてしまう。
いつもどんなふうに話しているのか、自分ではよく分からないのだ。
「お、そうだ。『俺が買ってやる』と言い出すかもしれないから、そこはうまくかわす必要がありますね。でもシルディーヌさんならできます」
「……そうかしら?」
「はい、ほかの女なら瞬殺で、話も聞かれずに部屋から追い出されますが、シルディーヌさんなら、まったく、ぜーんぜん問題ありません。お願いされるだけで、団長はデレます。俺が保証します」
アクトラスは、大丈夫です!と右手の親指を立てて見せ、待たせている部下の元へ歩いて行った。
シルディーヌは半信半疑ながらも、執務屋へと向かう。
いつも通りにしようと思えば思うほど、なんだか緊張してくる。
執務室の扉を開けると、アルフレッドはなにやら書き物をしている最中だった。
「お、おはよう。アルフ」
「ふん、遅かったな。下でなにをしていた? また害虫でも見つけて、逃げていたのか。いい加減、慣れた方がいいぞ」
アルフレッドは書状から顔を上げることなく問いかけてくる。
とっても忙しそうで、交渉するにはタイミングが悪いかもしれない。
出鼻をくじかれて、力の入っていた肩がすとんと下がった。
「違うわ。遅くなったのは、アクトラスさんと少しお話していたからなの」
「アクトラスと?」
ペンを動かす手を止め、アルフレッドはシルディーヌの方を向いた。
青い瞳は鋭く光っているが、これは交渉のチャンスかもしれない。
まずはアドバイス通り、大いに困って見せなければ。そう思うとまた肩に力が入った。
「ええ、あの、今度王宮舞踏会があるの、アルフは知ってる?」
「知ってるぞ。フューリ殿下の暇つぶしの会だろう、毎年やってる。それがどうした」
「それに、侍女仲間と一緒に参加することになったの」
「なに? お前が?」
椅子から立ち上がったアルフレッドが、シルディーヌのそばまで歩いてくる。
それを見ながら、シルディーヌは胸の前で手を組んで首をかしげて、甘えるようにしてみた。
「そうなの。でも、私ドレスを持ってなくて、買いに行かなくちゃいけなくて……困ったわって、アクトラスさんに話していたの」
「それなら、出なければいいだろう」
「駄目よ。みんなと約束したもの。それに、せっかく王宮にいるんだもの。私もかわいいドレスを着て華やかな気分を味わいたいわ。みんなが楽しんでいるのに、ひとりだけ寮にこもってるなんて哀しすぎるわ」
言いながらも、ひとり寂しく寮で待ってるのを想像してしまい、本当に哀しくなる。
大広間から漏れ聞こえてくる音楽を聴くだけなんて、切な過ぎて涙がじわりと出た。
潤んでキラキラと光る翡翠色の瞳でじっと見つめると、アルフレッドの眉がちょっぴり下がった。
「む……そういうものなのか」
「そうよ。私の身分だと、きっと、一生に一度しかない特別な機会だわ」
「そんなことはないと思うぞ。これから何度だってある」
「どうして? 田舎の子爵家だもの、そんなことあるわ」
「それはだな、つまり……」
アルフレッドは、珍しくも口の中でごにょごにょと言い、いらいらしたように前髪をくしゃっとかきあげた。
アクトラスは“団長はデレる”と言っていたが、ちっともそんなふうに見えない。
シルディーヌは、交渉に失敗しているのだろうか。
もし駄目ならば、ペペロネにどう謝ればいいのか。
「それならば、俺がドレスを買ってやる。それでいいだろ。仕事が終わったら店に連れて行ってやるから、執務室に来い」
分かったらさっさと仕事をしろと言って、くるりと背を向けてしまう。
アルフレッドが、ドレスを買ってくれる。
アクトラスの予言通りになって驚いたシルディーヌだったが、ハッと覚醒し、アルフレッドを追いかけるようにして声をかけた。
「待って、アルフ。それじゃまた困るわ」
「なに、それはどういうことだ」
「連れて行ってくれて、ドレスを買ってくれるのは、とてもうれしいわ。だけど、ペペロネと一緒にドレスを買いに行く約束をしたの。だから、その……お休みがほしいわ」
「ペペロネとは、誰だ?」
「お友達の侍女なの。お互いのドレスを選びあうの。ね? だから、いいでしょう?」
懇願する様に言うと、アルフレッドは一瞬困ったような顔をした後、ぼそりと言った。
「仕方がない……いいだろう」
「ありがとう! アルフ!」
なんとか交渉に成功して、ひと仕事を終えたような疲れに襲われた。
それほどに、緊張していたのかもしれない。
それでもペペロネとの約束は守ることができる。
自分自身を「よくやったわ!」と大いに褒め、今日の仕事にとりかかった。




