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王宮侍女シルディーヌの受難  作者: 涼川 凛
15/28

騎士団長の甘い顔5

そこは、商店街に訪れた人たちの馬車がたくさん停まっているところ。


ピカピカに磨かれた車体から察するに、高貴な家の馬車ばかりだと思える。


アルフレッドは、馬が繋がれて出発の準備がされている馬車を指差した。



「これが、俺の馬車だ」



装飾のないシンプルな黒い車体は車輪なども新しく、あまり使用感がない。


そばに三十代後半くらいの馭者らしき男性がおり、シルディーヌを見てうれしそうに微笑んだ。



「お待ちしていました。ささ、どうぞ」



うやうやしく扉を開けられ、アルフレッドにも「乗れ」と言われ、どこに行くのか尋ねる間もなく、シルディーヌはエスコートされるまま馬車に乗り込んだ。


中は背の高いアルフレッドに合わせて作られたのか、天井が高くて椅子も大きく、足元が広くてとてもゆったりとしている。


奥の席には、白地に赤い花柄のかわいいクッションが置いてあった。


アルフレッドらしくないインテリアで驚き戸惑っていると、「お前はそこに座れ」と促され、シルディーヌはふかふかのクッションに身を沈めた。


ふんわりした座り心地が、商店街で歩き疲れた体にとても優しい。


アルフレッドの席にクッションはなく、シルディーヌの席にだけある。


わざわざ準備してくれたのだろうかと甘い考えが浮かぶが、いつも置いてある可能性もなくはない。


アルフレッドは、隣の席に身を沈めながら馭者に出発を命じたあと、長い脚を組んでくつろいだ。


その端正な横顔を見つめていると、ふとシルディーヌの方を向いて、不機嫌そうに眉根を寄せた。


そんな表情をしなければ、もっと好感度があがるのだが。



「なんだ、言いたいことがあるなら、さっさと言え」


「あ、これ、とても座り心地がよくて、かわいいクッションだわ。いつもは、アルフが使っているの?この馬車も毎日使っているんでしょう?」


「俺は、王宮へは馬で通ってるから、普段は使っていない……それは、お前が尻が痛いと言って泣きベソをかくと面倒だから、置いたんだ。花柄なのは……たまたまだ」



アルフレッドはぶっきらぼうに答えるが、シルディーヌへの気遣いがみえる。


イジワルでドSなアルフレッドが……カタブツで、綺麗なご令嬢にアプローチされても眉ひとつ動かさず、『カエルの方が百倍マシだ』と言っちゃう人が、シルディーヌのために?


そう考えると、なんとなく、馬車の中が甘い空気になっている気さえしてくる。


いったいどこに連れて行ってくれるのだろうかと、少しの期待が胸をよぎった。



「え、でも待って、アルフ。お尻が痛くなるなんて、今からそんなに遠くまで行くの??」



時刻はもう夕暮れになる。


明日は普通に仕事があるから、あまりに夜遅くなると困ってしまう。


それは、アルフレッドも一緒だろうに。


ちょっと焦りを覚えつつ訊ねるが、アルフレッドは答えない。


それに何故かちょっと困惑したような顔をしており、訊いてはいけないことだったのかと察する。


困った顔をするなんてとても珍しいことで、問い詰めるのは不憫かもしれない。


いつもの気迫満点な顔が、今はちょっと柔らかいというか、ともすれば照れているようにも見える。


シルディーヌがじっと見つめていると、アルフレッドはぼそっと言った。



「……近いから、あっという間に着く」


「え?」



訊き返すがアルフレッドは明確なことは言わず、結局行き先は謎のまま馬車は走り、商店街の賑わいから遠ざかる。


間もなく窓の外の景色は、緑多いなかにぽつりぽつりと大きな邸宅が建つものに変わっていった。


どのお邸も立派な門があり、そのはるか奥の方に邸がある。


パッと見た感じでは、サンクスレッドにあるシルディーヌの家よりも大きな邸ばかりだ。



「すごいわ。この辺りは、立派な邸ばかりなのね!」


「ここらにあるのは、貴族院の連中の邸だな」


「あ! もしかして、アルフのお邸もこの辺りにあるの?」


「ああ、ある。俺の邸は、あそこだぞ」



アルフレッドが示す方に、こんもりと茂る緑の中に灰色の屋根が垣間見えた。


以前アルフレッドが言っていた通り、ここなら王宮にも商店街にも近い。



本当にいいところに邸を建てたのだと感心していると、次第に馬車の速度が遅くなっていき、やがてゆっくりと停まった。


窓の外には大きな邸があり、夕日が外壁を綺麗なオレンジ色に染めている。


その邸の屋根は灰色で……。



「ここは、アルフのお邸?」



アルフレッドに手を引かれてシルディーヌが降り立つと、白髪交じりの上品な男性が丁寧に頭を下げた。



「おかえりなさいませ」


「命じた通り、支度はできているか?」


「はい、勿論でございます」



男性は満面の笑みでシルディーヌを見、直後に何故かちょっと慌てたような素振りを見せる。


目に見えてそわそわしだし、心ここにあらずといった感じになった。



「ああ、そうだ、すみません。旦那さま、少々お待ちくだされ。とりあえず、お嬢さまは居間にご案内いたしましょう! ささどうぞ!」




居間は、黒龍殿の団長部屋が二つくらい余裕で入りそうなほどに広かった。


中央付近にあるソファには、馬車の中にあったのと同じ花柄のクッションがある。


多分、出がけにここから持ち出したのだろう。


シルディーヌはひとりで居間に残され、手持無沙汰な落ち着かない気分でソファに腰かけた。


アルフレッドは邸に入るなり、「着替えてくる」と言って自室に行ってしまった。


白髪交じりの男性は執事らしく、シルディーヌを居間へ入れると「大変だ! 本当にお嬢さんをお連れになった!!」とうれしそうに言って、小走りでどこかへ行ってしまった。


廊下の方から、数人分の足音が聞こえてくる。


パタパタととても忙しなく、執事がなにかを命じる様な声も聞こえてくる。



「今からなにが始まるのかしら……」



時間的に食事の準備かしら?と思うが、慌ただしさが半端じゃない。


様子が気になるシルディーヌだったが、廊下の騒がしさはすぐに止んでしまった。


人の気配がなくなりアルフレッドもなかなか戻って来ず、シルディーヌの興味の対象はインテリアに移る。


団長部屋の快適空間づくりをしているシルディーヌにとっては、マクベリー邸の研究をする絶好の機会である。


けれど居間には、ソファとテーブルに大きな白い暖炉があるくらいで、絵画などの美術品も心和むような装飾品もない。


アルフレッドらしいインテリアと言えばそうだが、なんとも殺風景で観察し甲斐のない部屋だ。


ソファにある花柄のクッションと深緑色の絨毯にえんじ色の重厚なカーテンが、ちょっぴり温かみを感じさせる程度。


この状態が、以前アルフレッドが言っていた優秀な侍女が作る快適な空間なのだろうか。


それならば、団長部屋に美術品を置いたり花を飾ったりしたシルディーヌは、まったく逆のことをしていたことになる。



「アルフは、なにもないのが、好きなのかしら?」



あちこちに点在するサイドテーブルの上には、シンプルな燭台が置いてあるだけ。


あそこにかわいい雑貨や植物を一つ置くだけで、心和む空間に早変わりすると思うのに。



なにもないのを保つだけなら誰でもできそうな気がして、特に優秀でなくてもいいように思う。


やっぱりアルフレッドの感覚はよく分からない。


すっきりしている団長部屋は、すでに快適だということだろうか?


首を捻っているシルディーヌの元に、侍女がお茶を運んできた。



「お待たせしております。どうぞ、お茶をお召し上がりくださいませ」



落ち着いた雰囲気の侍女は、執事と同じくらいの年齢に見える。


目じりにしわを寄せた柔らかい笑顔は、とても話しかけやすい雰囲気だ。



「あの、今から、なにが始まるんですか?」


「まあ!お嬢さま。なにも聞いていらっしゃらないんですか?」


「ええ、なにも。アルフに尋ねたけれど、教えてくれなかったわ。お邸に来ることも内緒だったの。びっくりしたわ」



シルディーヌが唇を尖らせてみせると、目を丸くしていた侍女は、くすっと笑いを零した。



「それならば、私からは申し上げることができませんわ。ですが、これだけは言えます。旦那さまが内緒になさっていたのは、きっと、怖いからだと思います」


「……怖いって、私のことが?」


「ええ、もちろん。先ほど旦那さまのお顔を拝見して、確信いたしましたの」


「アルフはどんな顔をしていたのかしら?今日はほんの少しだけ、柔らかい表情をしたときもあったけれど、基本的にいつもとあまり変わらなかったわ」



「まあ、そうなんですね!それは特別なことですわ。お嬢さまに見せるお顔が変わらないのは、とても素晴らしいことです!」



侍女は上機嫌な様子で「それでは支度が出来ましたら、お呼びいたしますわ」と言って部屋を辞していった。



シルディーヌのことが怖いというのは、以前フリードにも言われたことだ。


侍女もフリードも、アルフレッドがブルブル震えているところでも見たのだろうか。


想像してみて、全力で否定する。


商店街で太った男性にしたように人を恐怖の海に沈めることはあっても、アルフレッドが恐怖に慄くことはないだろう。


侍女のうれしそうな様子から、きっと多分別の意味の“怖い”だろうが、なんか漠然としている。


アルフレッドは謎だらけだが、シルディーヌ以外の人はなにかを知っているよう。


それはいったいなにか。


はっきりせず、モヤモヤしながら侍女が入れてくれたお茶を飲むと、スモーキーな香りと甘い花のような香りがした。



「本人に訊いてみようかしら」



ぽつりとつぶやいてカップをソーサーに戻すと、アルフレッドが戻って来た。


フロックコートを脱いでいるが、ベストを着てきちんとタイを締めている。



「待たせたな。準備ができたから、行くぞ」



アルフレッドに連れられて来たのは、マクベリー邸の中にある食堂だった。


八人掛けの大きなテーブルに、果物と花が飾られてあり、居間のシンプルさとはかけ離れた豪華さだ。


それに、食事という予想は当たっていたが、楽師がいることは予想外だった。



アルフレッドが引いた椅子にシルディーヌが腰かけ、向かい側の席にアルフレッドが座ると、楽師が丁寧に礼をとった。



「まずは、アルフレッド・マクベリーさま、お誕生日おめでとうございます」


「え……アルフの……?」



驚いているシルディーヌをよそに、アルフレッドは特に変わらない態度で楽師の口上を聞いている。



「このような記念すべき日に、私どもに曲を奏でる資格をお与えくださった事、マクベリーさまに至極感謝いたします」



楽師が口上を述べ終わり、優雅なバイオリンの音が奏でられる中、シルディーヌはアルフレッドにお祝いの言葉をかけた。



「お誕生日だと言ってくれれば、プレゼントを用意したわ」



ちょっぴり恨みを込めて言うと、アルフレッドはぼそりと言った。



「お前から物は要らない。今日、お前がこうして一緒にいるだけで、俺は十分だからな」


「え、あの……それは、どういう意味なの?」


「……物は、要らない。そのままの意味だよ」



アルフレッドはそれ以上言わず、シルディーヌもなにも聞けず、バイオリンの優雅な音色が食堂に響く。


シルディーヌは深く考えるのを止め、今の時間を楽しむことにした。


せっかくの誕生日の食事なのだから、アルフレッドに喜んでもらわないといけないのだ。


きっと楽しむために、シルディーヌが一緒にいるのだから。


それからは話をしたり、楽師に曲のリクエストをしたり、精いっぱいに楽しく過ごした。


そしてシルディーヌが侍女寮に戻ったのは、ずいぶん夜が更けた頃だった。




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